「そうなんだ」
「麻美ちゃんは? 引っ越したはずじゃ」
「私も同じよ。結婚を期に戻ってきたの、地元に」
麻美。小学、中学と同じ学区だった。子供の頃はそれほど仲良く話した記憶などない。
不思議だ。大人になって自然とこう話すなんて。
思い出に残る彼女の印象は女子のリーダー格。何時も集団の中心にいて、皆を仕切っていたという感じだ。
「大変よね。不審者情報が出たら、もう大騒ぎだもん」と麻美が見回しながら言った。
「ああ、俺も驚いたよ。こんな感じになるんだな」
「お迎え初めて? いつもこんな感じよ。仕事は? 実家を受け継いたの? 私は二人も迎えに来るから大変よ。車で来るけど停める所なくて……」
矢継ぎ早の質問責め。この話し方は記憶にある。感じは子供の頃のままだった。
「大変だね、少し遠いのか。仕事は実家じゃないよ。今日は偶然、休みだったから」
「そう。そんなんだ……」
俺の答えに何か、少し寂しさを含む麻美の俯き。不自然に感じた。
――実家の仕事。仲が良くなくても、ほぼ同級生達は知っていた筈だ。
無愛想に煙草を吹かしふんぞり返る、あれが俺の親父だと。
登校時はまだいい。他の小学生に紛れる。憂鬱なのは帰宅時だ。
下校時間。それを見計らったように、また親父は外で煙草を吸っている。
俺が低学年の頃は、まだ兄がぎりぎり高学年にいた。何かにつけては兄と一緒に帰る。
親父との防護壁だ。兄の後ろにこそこそ隠れ、そのまま家へと駆け込む。兄は親父のあの姿を何とも思わないらしい。だが、やはり兄とも親父は殆ど会話をしなかった。必要事項だけだった。
その兄が中学へと上がった年。新たな防護壁を捜すのに四苦八苦だ、子供ながらに。
一人では壁が薄い。せめて二人は欲しい。同方向に帰る同級生を幾人かを選定して、無理にでも一緒に帰る。
その選定の常連が、同級生で家が近かった洋介。その洋介の一つ下の弟と共に、三人でよく帰っていた。
また雨が降る日も最高だった。傘を刺せる。霧程度の小雨。大抵の小学生なら濡れなど気にもせず、景気よく走り抜けるような弱い雨の中。俺は顔が隠れる程に深々と、傘の中に隠れていた。
雨が降ろうが、多少の嵐だろうが、親父は雨の差し込まない軒下、あの特等席で煙草を吸っているからだ。
天気が良い、不幸にしてその日、同伴できる友人もいない。そんな日は遠回りしてでも帰っていた。普段の三倍、時間を掛けて。
――それ程まで親父のあの姿が嫌いだったか。
切っ掛けは大したことはない。ただ他人が交わす会話を聞いただけだ。
「なあ、あのじいさん。いつもタバコ吸ってねぇ?」