「そうだっけ? そうだった」
そう言いながら笑う娘。その小さな手を引きながら、自宅に向かって一緒に歩き始めていた。
自分に子供が出来て初めて知った。こんなに可愛いものかと。時間が合えば迎えに来る事なんて苦にもならない。寧ろ楽しい。
――親父はどう思っていたのだろうか。俺の事を。
辛い思い出というものはない。小学生時代は毛嫌っていただけだ。中学、高校時代は俺の方が家にいなかった。部活に、バイトに。
余り話さないままに成人時代に家を離れて暮らし。そして結婚して地元へと帰ってきた。
帰ってきても、余り親父とは深い話を交わしたことはない。
「……こんにちは。浩介君?」
娘と二人で歩いていると、背後から女性に呼び止められた。振り返ってみると小綺麗な女性が。
美人だ。こちらを伺い知るその女性の背後に、隠れるように娘と同い年に見える少女が、女性の長いスカートを掴んでいるのだった。
「浩介君だよね?」と女性がまた聞いてきた。
「えっ……と?」
初めて逢う女性……ではない。自分も初めて逢う感覚はしない。何処かで逢っている、その確信はあった。
じっと女性の顔を見て、印象的なキツい印象を与える目元。それからふっと一人の女性の、いや、女の子の名前が思い出された。
「……もしかして麻美ちゃん?」
「うんうん」
「根岸麻美さん……だっけ?」
「そうそう。結婚して名字は変わってるけどね。今は平凡な鈴木」
「いや、中学以来か? 随分と久しぶりだな~。後ろにいるのは娘さんかい?」
「そうよ。この子は三女だけど……ほら、こんにちはって」
麻美に促されて、隠れたままの彼女の娘が言葉のない挨拶をする。だが連れ添っていた俺の娘に対してだろう、小さく手を振り笑顔を見せていた。
「あれ? 友達かい?」と俺が娘に聞いた。
「クラスはちがうの。でも遊んだことあるよ」
「浩介君の娘さん? こんにちは」
「こんにちは!」と娘は元気よく挨拶を返していた。
「浩介君も地元に住んでいるんだ? 娘が同級生なんて初めて知ったわ」と麻美が笑顔で聞いてきていた。
「一度、家は出ているけどね。結婚して実家近くに戻ってる」