『ビヨンの妻』霧赤忍(『ヴィヨンの妻』)
ツイート 寒風吹きすさぶ十二月、私はコートも羽織らず上下ジャージ姿で坊やを背負い、田舎道を全力疾走しています。連絡を受け夫のもとに向かっているのです。 道なりに一キロほど進めば県道に差し掛かり、すぐ右手にある食料品店 […]
『神様、どうか』守村知紘(『駈込み訴え』)
ツイート 神様、どうか。この声が届くなら、わたしの願いを叶えてください。わたしの慕うあの人の、途方もない過ちを、広い心でお許しください。 あの人は決して、悪い人ではございません。元が商人ですから損得勘定が染みついて、 […]
『ヴィーナス』橋本和泉(『天女伝説・羽衣伝説』)
ツイート かつてそこには、天女を妻にした男が住んでいた。数千年を生きることができる、それはそれは美しい天女にとって、その男の一生は、まるで吹いて消えてしまうマッチの火のようなものだった。その人生の中で、男は天女を愛し、 […]
『檸檬爆発』和織(『檸檬』)
ツイート 柑橘フレーヴァーの煙の中で、彼はぽぴんを鳴らしながらあいつの後姿をじっとりと見送っている。辺りにはいろいろなものが散乱していて、いろいろなものが壊れている。散ったガラスは床でモザイク画のようになっていて、迷子 […]
『陰ーHer shoes』柳井麻衣子(『外套』)
ツイート 安貴は大変小柄で、足のサイズは22cmでも余る程であり、おまけに巻爪、外反母趾である為、合う靴を探すのもなかなか困難である。 安貴は両親を20代前半で亡くし、アパートで独り暮らしをしているがその生活はいたって健 […]
『光は揺れる』長谷川蛍
ツイート 振り返ってみると、私の住む街が一望できた。どこか遠くに見える街の光は、あるものはゆっくりと、あるものは消えている時間がしっかり認識できないくらいに速く、それぞれのリズムで点滅していた。絶え間なく光り続けている […]
『拝啓 佐伯先輩殿』戸上右亮
ツイート 「佐伯先輩が、四時にサイトウ来いってよ……」 あれは中学生最後の夏休みが終わって、ひと月ほどが過ぎたある日のこと。オガから告げられたその言葉に、僕とタキは凍りついた。どうやらオガとタキ、そして僕の三人は、三年 […]
『チクタク誰かにチクタクと』もりまりこ
ツイート 真っ黒いカマボコ型のポストは、月に何度かねじが少しだけ緩くなる。 その度に、少し屈んだ姿勢のまま4プラス1のねじをプラスのドライバーできつく締める。 2年位前、新聞配達中のお兄さんがうちの前をカブで走って […]
『隼人とヒトリ』林凛
ツイート 大量の汗と寝苦しさで目が覚めた。午前7時。出勤の準備をしなければ。 それにしても暑い。パジャマは汗びっしょりだ。もう10月だというのにどうしてこんなに暑いんだろう。水を飲もう。のどが渇いた。ヒトリはひとまず布団 […]
『←2020』西荻麦
ツイート このタイムカプセルは過去へ宛てようと思う。なぜかって、僕には、いや世界には、いやいや地球には未来なんて存在しないことがわかっているからだ。 小学生のころ、大多数に漏れず、僕は秘密基地というものにあこがれた。 […]
『20歳のぬかどこ』平山美和
ツイート 「あー、よく寝た。」 目が覚めて暫くボーっとした後、枕元に置いてある携帯を手に取り時間を確認すると16時を回っていたが、慌てる必要なんてない。今日は大学もバイトも休みだったので、敢えて寝坊したのだ。寝過ぎたせ […]
『20人格』佐藤邦彦
ツイート 「二重人格ですか?」 「いえ、20人格です」 「二重人格…、ですよね?」 「いえ、二重ではなく20です。医者(ドクター)」 「20人格!?」 「そうです。20人格です。脳の中に20人の人格が存在しているのです」 […]
『石太郎』佐藤邦彦(『桃太郎』『竹取物語』『浦島太郎』)
ツイート 顔の無い女が「あら、本当に石太郎と書いてあるわ」とひとり言を呟き、その場を立ち去ると、二日酔いで痛む頭を抱え、昼過ぎにようやく寝床から這い出した桃太郎が茶の間にやって来て、ドカッと腰を下ろします。 「婆さん […]
『正直者の斧』見坂卓郎(『金の斧』)
ツイート コポコポコポ…… いつものように水面に浮かび上がり、男を見据える。そこにいたのは、真っ黒に日焼けした、きこりだった。 「お前が落としたのは、この金の斧か?」 「いいえ、違います」 ノー、か。私は〈女神マニ […]
『吾輩はブスである』中杉誠志(『吾輩は猫である』)
ツイート 吾輩はブスである。彼氏はまだない。 今年で三十になる。が、彼氏はまだない。 元来吾輩には、彼氏を作るなどということは、到底考えられぬのである。男は稚拙であり、露骨であり、無情な生き物である。彼らは皆ことご […]
『Frozen Time ~押し絵と旅する男と旅する女~』アカツキサトシ(『押し絵と旅する男』江戸川乱歩)
ツイート フィヨルドを走る列車は、面妖な巡り合わせか、それともこの辺りを走る列車はいつもそうなのか、乗客は僕しかいなかった。 春、日本を旅立った僕は、夏、灼熱の中央アジアを抜け、秋、美しい東欧を旅し、冬、極寒の北欧最 […]
『つゆあけ』義若ユウスケ(『葉』太宰治)
ツイート 死のうと思った。なんとなくだ。思い立って、すぐにでもだ、今すぐにでもだ、と思ったのだけど、いったんやめにした。実家から古いじんべえが送られてきたのだ。私はちょっと着心地をためしてやるつもりで散歩に出ることにし […]
『made in lovesick』和織(『東京ロマンティック恋愛記』『職業婦人気質』吉行エイスケ)
ツイート それはそのとき男でも女でもなかった。ある男との結婚を自ら望んでしたくせに、三日後にはラヴェンダーの香りのする女と一緒にベッドにいた。そこに数日居座って、当たり前の顔をして夫のもとへ帰った。夫はすべてを悟っても […]
『ツエツペリンNT号の誘因』イワタツヨシ(『かぐや姫』)
ツイート どこかへ出かけるときに、こう考えることはないだろうか。「出ていってもどうせまたここに戻ってくるのに、なぜ出ていくのか」 私はよくある。出かける前に、ふと思い出したようにそんなことを思う。ただそう思う、という […]
『文六と夢地蔵』甘利わたる(『みそ買い橋』)
ツイート むかしむかし。 信濃の いわんだ村というところに 文六という名の百姓がおってな。若いけんど えらく働き者で 日がな一日 野良仕事に出ては せっせと野菜をこしらえて暮らしておった。 働けど 働けど いっこう […]
『神、再び来たりて』十六夜博士(『ヤマタノオロチ』)
ツイート 「あんた! また、ケンカしたんだって! いつまで、中坊みたいな事してんのよ! ホント、亡くなった、お母様が悲しむ……」 左腕に着けたコミュニケーション・デバイスから現れた、ホログラムのアマテラス姉さんは、朝か […]
『主婦とスキャンティ』緋川小夏(『シンデレラ』)
ツイート 小松雅子は動揺していた。 洗濯機の前で仁王立ちしている雅子の手には、小さなパンツが握られている。今年ハタチになる娘のパンツは買い替えるごとに小さくなり、その面積に反比例して色や装飾は派手になっていた。 し […]
『丘の上の魔法使い達』洗い熊Q(『オズの魔法使い』)
ツイート 薄く重なり合う雲の合間を、薄紫色の空が吹き抜けている。澄んだとは言えないその空気。でも、幾ら手を伸ばし望んでも届かない高さだ。 その空色を地面に仰向けになって見ている。そう、昨晩の嵐によって飛ばされてきたカ […]
『婚活パーティー20の空欄』じゅんざぶろう
ツイート 初めて婚活パーティーに参加した。 良い人がいればいいなぁっと軽い気持ちで足を運んだのだが、まさか自分が今までの人生で積み重ねてきたモノの薄さを、正面から突き付けられることになるとは。 36歳、男性、独 […]
『メートル』大澤匡平
ツイート 寺の坊主は黙り、小僧が鼻を垂らして笑った。 「20は3で何回割る事ができるのか。」 大学受験を控える僕は、坊主と小僧の真ン中に住む。 卒業を別れに自動変換した女子高生が輪を修復し、輪を撫でては、新たな輪で […]
『イート・インラプソディー』もりまりこ
ツイート すっごくきれいな瞳をしたひとを見たっていうからそれはてっきり、女の人かと思ってたら、犬の目だったんだってカイが言う。 「それがあの森の話だぜ」って、興奮してる。 あの森っていうのは、ふたりで散歩していて思い […]
『20歳の夏休み』菊谷達人
ツイート 大学の夏休みを、ぼくは凧一太とともに、遠い親戚筋にあたる、峯山圭華という女性のところですごすことにした。峯山圭華は、書道の世界では少しは名のしれた存在だということを、ぼくは母からおしえられたが、ぼくじしん美大 […]
『Twenty Lives in a Bus』室市雅則
ツイート 始発バスが動き出す。 運転手の勝俣は始発運行が好きだった。 まず道が空いているのが良い。次に、勝俣の始業前の儀式――バスに乗り込む前の深呼吸――を行っても空気が澄んでいて、海からの塩気が混じったような空気 […]