殺し屋の彼がその悪戯を思いついてしまったのは、少しイライラしていたせいだった。彼はその日、いつものように深夜に仕事を終えて、夜が明ける前に自宅に着いた。彼が住むのは古いアパートだ。古いアパートにしか、彼は住んだことがない。新しくて綺麗なことや、セキュリティが万全なことは、彼にとっては無意味だからだ。ただ、一つだけ厄介なことがあった。猫だ。正確には、猫の発情期、だ。もちろん、古いアパートにしっかりした防音設備はない。だから発情する猫の声はときどき、耳元で叫ばれているかのように響いてきて、彼の眠りを妨げる。去年、区が雌猫の去勢手術を行って、だいぶマシになっていたのだが、他の場所からやってきた猫たちが、また増えてしまったらしい。
結局、こういうのは鼬ごっこか、と不快な目覚め方をした彼は、とうとうそれまで迷っていたある行為を実行に移す決意をした。猫たちの殺害である。なぜ今までしなかったのかというと、誰も金を払ってくれないからだ。殺すときは、いつも金をもらってきた。彼が仕事以外で生物を殺したことは、一度もなかった。
部屋を出ると、サングラスをしていても、陽が眩しくて嫌になった。彼はいつも大抵の人間が活動している時間に眠っている訳で、だから太陽は苦手だった。しかしこの後の仕事のために、後数時間は、妨げられることのない睡眠が必要だった。鳴き声がするのはアパートの奥だ。そこの角部屋の住人に心から同情しつつ、彼はツナ缶を手にそちらへ向かった。ちなみにこのツナ缶は猫用に用意してあったのではなく、彼の主食だ。
奥へ入っていくと、そこに二匹の猫がいた。黒猫とブチだった。てっきり、ツナ缶を差し出せば二匹ともすんなり寄ってくるかと思いきや、黒猫の方は彼を見るとすぐに逃げ出した。野良猫というのもあまり侮れないなと彼は思ったが、とにかくブチ一匹はひっかけることができた。ツナ缶を持っていたので、一度部屋へ連れて行ってからから首の骨を折ることにした。幸い、抱き上げても猫は嫌がらなった。
自分の部屋の方へ歩いていくと、彼は正面から視線を感じてそちらを見た。部屋の前にある廊下がアパートの入口に直結していて、開きっぱなしになった扉の前に、大きなランドセルを背負った少年がいた。実際にはランドセルは普通サイズなのだろうか、小学校へ上がったばかりなのだろう。少年があまりに小さいので、バランスがおかしく見えるのだ。少年は殺し屋の彼をというよりは、彼の抱える猫を、じっと見ていた。こちらへは来ないが、その眼は好奇心に満ちていた。
「さわりたい?」
少年の瞳にくすぐられるような感覚を覚え、彼はそう言った。
「え・・・いいの?」
「いいよ、おいで」
少年は上目遣いで、ゆっくりと近づいてきた。
「ほら」