小説

『狸釜』化野生姜(『ぶんぶく茶釜』)

ツギクルバナー

「ほら、出てきましたよ…。」
そう言うと、住職は嬉しそうに障子の隙間を指差した。
私はあまり気乗りしなかったが、住職に促されるままにそこを覗いた…。

…縁側に、月光を浴びる茶釜があった。
それは鉄でできており、蓋には奇妙な文様が刻まれている。
…その蓋が、かすかに動いているように見えた。
かたかたと、小刻みに揺れている。
やがて、かたんという音とともにまるで蓋が蝶番のように外れると、そこから何かが顔を出した。
短い毛。突き出た鼻。隈のような目の回りの模様。
それは、一匹の狸であった。
そうして、ふいに茶釜がごろりと横倒しになると、それは、ふさりとしたしっぽと黒い毛の生えた両手足を茶釜から生やし、まるでのたうち回るかのように縁側を転がり始めた…。
月夜の晩に転がる茶釜…それは異様な光景であった。
そのとき、ふいに隣でくつくつと笑う声がした。
見ると、住職が忍び笑いを漏らしている。
そうしてひとしきり笑うと、彼は期待で一杯の目を私に向けた。
「どうです。可愛いとは思いませんか?」
それを聞いて、私はもう一度、茶釜を見た。
茶釜は未だにどすん、ばたんという音を立てながら部屋の中を転がり続けている。私は何となく部屋に掛けられた時計を見た。
時刻は夜の0時を過ぎた頃だ。
私はそれを見て、ちょうどここにいる潮時だと感じていた…。

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