小説

『桃産』大前粟生(『桃太郎』)

ツギクルバナー

「あー、これは」と先生が半笑いでいった。「おめでとうございます」なんで半笑いなんだろう。「おめでとうございます」と先生の後ろにいる助産師さんも半笑いでいった。「おめでとうございます。おめでたですよ」

「おめでとう!」
 家に帰って、アスパラガスと豚肉の炒め物を食べながら、夫もそういった。
「うん、ありがとう」と私はいった。おめでとう、って、まるで他人事みたいにいうんだ、なんてことは夫にいわなかった。私たちふたりの問題なのに。
「どうしたの?」と夫がいった。たぶん私の表情はどことなく曇っていたのだろう。
「エコー、みたんだけどね」
「エコー?」
「ほら、お腹の」
「あぁ。あの、白黒の、切り取ったバームクーヘンみたいな形のやつ? え、で、それで?」
「できてるんだって」
「うん。さっき聞いた」夫は缶ビールを飲みながらいった。なんとなく、私に見せつけているような気がした。
「種が」
「種?」
「うん」
「赤ちゃんの種?」
「ちがう」
「なにがいいたいの?」
「桃」
「え?」
「桃ができてるの。ここに」
 夫は缶ビールを飲み干して、キッチンにいって換気扇を〈強〉にしてたばこを吸いはじめた。「あ、ごめん。ベランダで吸うわ」夫はいった。「うん。そうして」。
 でも、すぐにそんなこといわなきゃよかったと思った。私と夫を隔たたせる、一枚の二重ガラスがいつもより厚く見えた。夫は私に背を向けて、たばこを吸って落ち着こうとしている。まるで自分だけが混乱しているみたいに。

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