小説

『桃産』大前粟生(『桃太郎』)

「ウキイイイイイ!」
 他にも、〈犬のポーズ〉〈雉のポーズ〉〈川で洗濯するおばあさんのポーズ〉〈山でしば刈りするおじいさんのポーズ〉などを私は二時間みっちりとこなした。
「はじめてにしてはなかなか筋がいいんじゃない?」とサキさんがいった。

 エアロビクスが終わると、私たちは備え付けのシャワー室でシャワーを浴びた。脱衣所にはお腹の膨らんだ妊婦さんがたくさんいて、私の思い過ぎかもしれないけど、お腹の大きな人ほどそれを見せつけるような顔をしていた。それから私はサキさんに誘われて、他の妊婦さんと近くのカフェに入った。
「ええと、じゃあ、アイスコーヒーで」と私がいうと、サキさんが、
「ダメよ。すいません。アイスコーヒーはなしで、デカフェを4つで」といった。
「ダメよ。ミカちゃん。カフェインも、冷たい飲み物もダメでしょ。パンフレットにもちゃんと書いてあるし、そもそも常識だよ?」
「そうそう。桃ちゃんのことを第一に考えなきゃ」とカオリさんがいった。
「ミカちゃんはまだお腹が小さいから実感が薄いかも知れないけど、ミカちゃんの体はもうミカちゃんの体じゃないんだよ? 桃ちゃんのための体なんだよ?」とエリカさんがいった。なんだそれ、と私は思った。
「母親の欲なんて捨てるべきよ。たとえばそう、点滴のことを考えてみて。点滴がコーヒー飲みたいとか、冷たいものがほしいとか、考えないでしょ? 私たちは桃ちゃんがこの世に産まれるための点滴なの。桃ちゃんに養分を与えるための器官なの」カオリさんがいうと、サキさんとエリカさんが強くうなずいた。三人の顔はどことなく似ている気がする。顔というより、目? 同じ目標を共有した人たちの、なにかを信じ込む目。
「でないと」とカオリさんはつづけた。「桃ちゃんに障害ができたらどうするの?」
 カオリさんがそういった瞬間、私以外の3人の間にピリピリしたものが流れた。カオリさんは「あ、すいません。そんなつもりじゃ」といって、エリカさんはスマートフォンをいじり出して、わざとらしく「このお洋服かわいくないですか? オークションで買ったんですよ。ほら、今って、だれでも簡単に出品できるし――」といったのを遮ってサキさんが「ごめん、ちょっとトイレね」といって席を立った。サキさんの健康スニーカーのゴムが床とこすれる音がした。
「あの、どうしたんですか?」と私は聞いた。

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