榊 日夜子の月
五年生の夏休みが始まってすぐ、降りしきる雨とけたたましい雷で、あたしは夜中に目を覚ました。その日はたまたま千石おじさんが家に来て、三人でごはんを食べてそのまま泊まっていた。おじさんがいる時は、ママとは別の部屋で寝ることにしている。なんとなく、ジャマをしちゃいけない気がするのだ。あたしの部屋は離れているけど、すきま風のような声がする時がある。おじさんと一緒にいるママは、いつもすごく幸せそうだった。
雷様がドーンと足を踏み鳴らし、バリバリバリと背中をかきむしる音がして、あたしの身体はふっと宙に浮いた。「日夜子、逃げなさい!」と、ママが叫ぶのが聞こえた。起き上がってドアを開け放った瞬間、あたしたちの小さな家は、マッチ箱みたいにひしゃげた。
気がつけば、あたしは外れたドアの上で泥水に揺られていた。裏山が崩れ、家の半分以上が土砂にのみ込まれている。かろうじて屋根が残っているのは、子ども部屋の前の縁側だけだ。「ママ!」と叫んでみても、ごうごうと響く水音にかき消されてしまう。土砂と浸水で身動きがとれない。あたしは頼りない柱にしがみつき、ママとおじさんを呼び続けた。
誰かの視線を感じて、あたしは目を覚ました。隣には、同じように毛布をかけられ頬にガーゼを当てた男の子が横たわっていた。だんだんかすんだ視界がはっきりしてくる。
「…シュン?」
春太郎は笑おうとしたが、みるみる顔が赤くなって口元をゆがめた。大粒の涙が目の縁からこぼれ落ちる。弱々しい咳に似た声をもらし、細っこい腕を目に押しつけた。うす暗い部屋には、子どもが数人とお年寄りが寝かされている。白衣を着た女の人が、忙しそうに立ち働いていた。ここは、病院の待合室だろうか。ヘルメットをかぶったお兄さんにおんぶされたのを、ぼんやり思い出す。ママ…。ママとおじさんは、どうなったんだろう。
「シュン、お姉ちゃん…みのりちゃんは?」
せきを切ったように泣きじゃくりながら、春太郎は首を振った。近所に住むみのりちゃんは、あたしの親友だった。昨日も学校の帰りに、夏休みに家族でUSJに行くんだとうれしそうに話していた。二つ下の春太郎とは幼稚園の頃によく遊んだが、しゃべるのは久しぶりだ。のどがすごく痛い。あたしは汚れた指先で、春太郎のしっとりした髪をなでた。