「事故物件ね~。」
友人から提案されたユアチューブの企画。よくありそうだけれどやっぱりこういうのがいいのかなぁ、とも思える企画だった。
「家賃も月一万で良いって言ってくれてるし、やってみても良いんじゃない?」
友人の親が所有するアパート。3年前位に親子が心中してしまった部屋が空いているらしい。
「・・・。」
「まぁ、埋まっちゃったら無理だけど、もしやる気になったら教えて。」
「うん、ありがとう・・・。」
注文したアイスコーヒーを一口飲む。
引越し初日の夜。
とりあえずカメラを設置して撮り始める。
「え~、皆さんこんばんは。“カイトの心霊チャンネル”です。今日から事故物件に住むことになりましたカイトです・・・。」
何か不穏な事が起きた時と寝ている時にカメラを回す事にした。
引っ越して一週間がたった。
映らない・・・。
「なんかいる気配は確実にあるんですよね~。昨日も一昨日もそうなんですけど、パチッ、パチッって変な音が聞こえるんですよね~。」
とりあえず撮影はしなくちゃいけないからカメラを回す。けれどこんな体験談ばかりでは絶対に視聴者は増えない。どこかで決定的なものを映さなくては・・・。
一通り撮り終えてカメラのスイッチを切る。
「・・・はぁ。」
ため息をつく。本当にこれで行けるのだろうか?不安が頭をよぎる。
「ねぇ。」
後ろから女の声。
「!!!」
心臓が跳ね上がりそうになりながら振り返る。
「こんばんは。」
そこには小さな女の子が立っていた。
「・・・。」
言葉が出ない。背は120センチくらいだろうか。髪は長くて黒髪。赤色のワンピースを着ている。
「・・・何・・・誰?」
「ここに住んでるんだけど。」
「・・・。」
一瞬頭が混乱した。目の前の女の子は確かに「ここに住んでる」と言った。けど今住んでるのは自分だ。
「あれ、ちょっと待って・・・あれ、間違って入ってきちゃったのかな?」
「そんなわけないじゃん。私の方がずっと前からここに住んでるんだから。」
女の子は表情一つ変えずに冷静に答える。ちょっと生意気な感じがする。
「それより撮らなくていいの?あんたの望んでる絶好のモデルがここにいるんだけど。」
「いやいや、ちょっと待って。意味わかんないんだけど、誰?どこから入って来たの?」
「鈍いなぁ。そんなの一つしかないじゃん。」
「・・・不法占拠とか?」
「何それ?どういう意味?」
「えっと、この部屋の賃貸契約をしてないのに勝手に住んでいるって事。」
「・・・よく分かんないけど違う。私は佐倉真奈美、8歳。幽霊。」
「・・・。」
生意気な少女は不機嫌そうにそっぽを向いている。
あまりにもはっきりと見えすぎている。幽霊と言うのはカメラにはっきりと映らないのが幽霊じゃないのだろうか。
「おじさん、ゲームは?」
ベットで寝転がりながら少女は聞いてくる。
「ない。それとおじさんじゃなくてお兄さんな。まだ28だから。」
「おじさんじゃん。」
「・・・じゃあせめて名前で呼びなさい。さっき教えただろ。」
「忘れた。もう一回。」
「・・・君島海斗。」
イラつきを抑えながら答える。生意気だ。
「海斗ね。」
「さん、な。」
「あのさ、さっきも言ったけど撮らなくていいの?幽霊撮りたいんでしょ?」
「そりゃあそうだけど、お前が幽霊って証拠がないだろ。」
「お前じゃなくて真奈美ね。信じてないんだ?」
「まぁ、そうだな。警察に連絡しようと思ってるから。」
「じゃあカメラで撮ってみたら?そしたら分かるから。」
「・・・。」
何が分かるのか不明だったが、とりあえずカメラを手に取り真奈美に向ける。
「・・・ん?」
目を疑った。カメラの画面には真奈美が映っていない。目線を直接真奈美に移すとドヤ顔でこちらを見ている。
「分かった?」
「・・・どういう事?」
「だからそういう事だって。これで信じた?」
「・・・。」
否定の材料が見当たらない。原理はなんなのか分からないがとにかく映っていない。
「ずっと幽霊撮りたかったんでしょ?目の前にいるのになんで喜ばないの?」
「マジで幽霊なの?」
「カメラに映らないんだからそういう事じゃん。幽霊は映らないもんでしょ。」
「・・・なんで俺には見えるんだ?他の人にも見えるのか?」
「さぁ、知らない。でも今まで部屋を見に来た人たちは私には気が付かなかったけどね。」
「じゃあ、俺だけってこと?」
「だから知らないって。なんでもかんでも聞かないでよ。」
「ごめん。」
「怖い動画撮りたいんでしょ。撮らせてあげるから何すればいいの?」
真奈美はカメラを指差す。
「じゃあ・・・夜中に台所のコップを落とすとかできる?」
「そんなのでいいの?」
「まぁ、とりあえずは。」
「分かった。」
真奈美はそう言ってスッとその場から消えた。
「・・・。」
にわかには信じられない事が起こった。目の前に幽霊が現れた。しかもハッキリと。想像を超えすぎていてリアクションが全く取れない。
チャンネル登録者と視聴数が確実に伸びて来ている。
「良かったじゃん。」
真奈美はベットで携帯電話をいじりながら話しかけてくる。
「こんなに伸びるもんなんだな。」
「そりゃ本物がやってるんだから当然でしょ。」
「でも俺の演出と編集もいいんだと思う。」
「素直じゃないなぁ。もう協力してあげないよ。」
「ごめん。」
軽く苦笑する。
真奈美が現れてから約一ヶ月半が過ぎた。無事にチャンネルは収益化の基準に達した。
「今度は何しよっか?」
真奈美が背中を蹴ってくる。
「蹴らない・・・だいたいやり尽くした感はあるよな。」
「じゃあもう終わり?」
「いや、それだと俺が困るんだよな。」
「じゃあさ、私がうっすら姿を現せばいいんじゃない?」
「ん?そんなの事できんの?」
「たぶん出来る。微妙な“うっすら”がいいんでしょ。」
「うん。やらせと思われないレベルで。」
「いつ出ればいい?」
「じゃあ、とりあえず始めは寝てる時で。」
「分かった。やってみる。」
そう言って真奈美はスっと消えた。
「・・・。」
始めは不思議で慣れなかったけれど、最近はいるのが当たり前になっていた。
登録者が一気に5万人に増えた。やはりうっすらでも姿が見えるというのはかなり効果があった。「ヤラセだろう」とか「絶対加工してる」なんてコメントは飛んでくるけど全く気にならない。だって本物を使っているのだから。
俺は真奈美といるのが楽しかったし、真奈美も楽しそうに俺の企画に乗ってくれているように見えた。
こんな状態がずっと続けばいいのに。
素直にそう思った。
けど・・・やはり変化はある日突然訪れた。
『ここの前の住人、母親が娘の首絞めて殺したんだよな。その後母親は首吊り。ちなみに場所はここね。』
こんな一文がネットでつぶやかれ、ここの住所が記された画像が添付された。次々に書き込まれる情報。嘘なのか本当なのか分からない情報が躍った。
そして当然真奈美はそれらの書き込みを見つけた。
「・・・。」
真奈美は否定も肯定もしないでただ黙っていた。
「まぁ、なんか勝手に色々言ってる奴らいるけどさ、うるさいって感じだよな。訴えて消させようか。」
気休めにもならない言葉。
「別にいいよ。本当の事だし。」
「・・・。」
真奈美は携帯電話の画面から目を離さずに呟く。そして寂しそうな顔でこちらを見る。
「うちはさ、お父さんが借金作ってどっか行っちゃったんだよね。それでお金なくなっちゃって、ここに越してきて二人で暮らしてたんだ。でもやっぱり辛かったのかな、ある日お母さんは私の首を絞めて殺しちゃったんだ。」
「・・・。」
「なんでか分かんないけど私だけこの部屋に取り残されちゃったみたいなんだよね。」
淡々と話す真奈美。初めて聞くその内容になんて答えればよいのか正直わからなかった。
「それから何人もこの部屋を見に来たけど誰も住んではくれなかった。それに私の事も誰も気がついてくれなかった。でも初めて気がついてくれたのが海斗だった。」
「・・・なんで俺だったの?」
「知らない。幽霊を望んでたからじゃない?」
「・・・。」
「でもそれでも良かった。私に気がついてくれた時は嬉しかったし。」
真奈美の口元が少し上向く。
「だからネットで言われてる事は間違ってない。」
「・・・。」
「まぁ、全然違うのもあるけど・・・ねぇ、そんな暗い顔しないでよ。」
「ごめん。」
「話題になってるんだからいいじゃん。」
「・・・。」
「だから黙んないでよ。」
「でもさ、真奈美は辛くないの?」
「なんで?」
「だって思い出して幸せになれる事じゃないだろ。俺だったら嫌だし。」
「そんなのしょうがないじゃん。忘れる事なんて出来ないし。」
平気を装っているが明らかに寂しさをにじませている。
「だから海斗は気にする事なんてないからさ、撮りたいものを撮ったらいいよ。」
「・・・分かった。」
今はこれしか言えなかった。真奈美にこれ以上話をさせるのは自分の心が耐えられなかった。
そして数日後、俺は動画を撮る事をやめる事にした。
「馬鹿なの?」
真奈美が冷めた表情を向けてくる。
「馬鹿じゃない。」
「私に気をつかってんの?だったら相当馬鹿だと思う。」
「使ってない。」
「じゃあなんでやめるわけ?」
「この前の話聞いてからあんまり撮る気がしなくなった。」
「気使ってんじゃん。」
「そうじゃなくて、俺が撮る気になれないの。」
「なにそれ?」
「お前がいるかいないか分かんない感じの幽霊だったら撮ってると思うんだけど、はっきり見えるし、それに家庭の事情もはっきり知っちゃったしな。そしたらもう撮れないよ。めちゃくちゃ人の不幸をお金に変えてるじゃん。」
「・・・チキン野郎が。」
「どこでそんな言葉覚えるんだよ。」
「じゃあどうすんの。お金稼げなくなるじゃん。」
「そんなのはなんとかなる。だからチャンネルはこのまま閉鎖する。」
「・・・。」
真奈美は残念そうに下を向く。
「それとさ・・・ここも引っ越そうと思う。」
「え?」
「住所バレちゃったしな。今は何もないけどそのうち嫌がらせとかされるかもしれないだろ。」
「・・・。」
「だからこれ以上さ・・・。」
こちらの言葉を言い終わる前に真奈美は目の前から姿を消した。
「あれ・・・おい。」
返事はなかった。
引っ越しの日。
チャンネルを閉鎖した。少しだけ話題になったが、それもすぐに人々は忘れて次の話題へと移っていった。
今も真奈美は姿を見せない。何度呼びかけても出てくる事はなかった。もしかしたら自分が真奈美を傷つけてしまったのではないかと思ったが、けどあのまま動画を撮り続ける事も出来なかったのも事実だ。
「・・・。」
スッキリした部屋を眺め、リュックを背負い玄関に向かう。
「ねぇ。」
ドアノブに手をかけた所で背後から声がした。
振り向くとそこには真奈美がいた。
「・・・なんで今まで出て来なかったんだよ。」
「・・・。」
真奈美は気まずそうに下を向いたまま。
「まぁ、とりあえずそんな事はいいや。聞きたい事があるんだけど。」
「・・・何?」
「真奈美はさ、この部屋から離れられないの?」
「・・・何で?」
「いや、もしさ、お前が嫌じゃなかったらさ・・・あの・・・。」
「・・・。」
真奈美はジッとこちらを見ている。
「次の所に一緒に来ないかなぁと思ってさ。」
「・・・。」
「いや、だってさ、ここでまた次の人が来るまで一人って寂しいだろ。それにもし次の人が来ても俺みたいに見えるか分かんないし。」
「・・・。」
ジッと下を向いている真奈美。その表情は何を考えているのか掴めない。
「・・・嫌か?」
「・・・嫌じゃない。」
ボソッとかすれるような声で答える。そしてこの言葉で堰を切ったように真奈美は涙をボタボタと流し始めた。
「ど、どうした?何かまずい事でも言ったか?」
「言ってない。こっち見ないで。」
「ああ、ごめん。」
ドアの方を向く。
「真奈美にとってはここが大事な場所だから無理にとは言わないけど、俺としては一緒に行けたらいいなって思って。」
「何?ロリコンなの?」
「バカか。楽しかっただけだよ。」
「・・・。」
少しの沈黙。そしてシャツを掴まれた感触があった。
「新しい所はここより広い?」
「ん~、あんまり変わんないかも。」
「貧乏人。」
「うるせぇ。」
「・・・じゃあ次は何して遊ぶ。」
「そうだな。幽霊はやったから、今度は超能力の動画でも撮ってみようか。」
「それいい。今度はたくさん稼ごう。」
「まかせろ。」
お互いフフッと笑う。
「じゃあ行くか。」
「・・・うん。」
ドアを開ける。天気が良く雲がほとんどなかった。