小説

『竜宮城より遙かに』美野哲郎(『浦島太郎』)

『竜宮城より遙かに』

 京都名物といえば愚鈍なカメだ。授業中もすぐに肩や首をカクカク鳴らし落ち着きがない。では落ち着きがなくすばしっこいのかと言えば体育の時間は何やらせてもダメ。短距離走もリレーもビリだし、なわとびは二重跳びの次のステップへ行けた試しがない。クロス跳びとか。跳び箱もたったの四段に正面からぶつかって股間を強打していた。
 私がカメだったらバカらしくてサボるよ体育。そんな挫折ばかり味わって体を動かす楽しさなんか知れる訳がない。それでもカメは小学校に通い続けたし、体育にも出席し続けた。小学一年生から今年で六年間、ずっと同じクラスで、いつも一人で過ごしているのはカメと私くらいのもんだ。イヤでも目につく。
 しょうがないから時々、私がカメをイジメてやる。
 「おいカメ!」
  今日も間抜け面のアイツに体当たり。無駄に太って上質なクッションみたいに柔らかに弾む体は、カメというよりブタの方が近い。最初にカメと名付けた六年前は、まさかこんなに丸々肥えるとは思わなかったんだ。アイツ以外に友達が出来ないなんて思わなかったんだ。
 いつもカメとじゃれ合ってる変なオトコ女。
 それが私の、この学校での居場所。
 初対面の人に女子だと気づかれる事の方がまぁ珍しい。髪は鬱陶しいからすぐ切ってしまうし、ちょっとの運動で筋肉がついて、ちょっとの日焼けでこんがり褐色肌に仕上がる体質だ。男なのか女なのか、クラスのガキ共には判断つきかねるのだろう。自分でだってどっちか判らないくらいだから。

 京都の町はいつもお金を持ってそうな人たちが楽しそうに行き歩いて、知らない夜の彼方へ消えていく。私にはみんな、別世界の人間に見える。そうした観光客が行き交う名所を幾折か抜けた裏路地を延々と歩いていくと、その古書店はあった。

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