小説

『竜宮城より遙かに』美野哲郎(『浦島太郎』)

 京都には意味がわからないくらい古書店がある。どうして意味がわからないのかというと、そんな事でみんなが経営を回していくのはとても難しい気がするからだ。私の両親はすべての事業に失敗し、父は逃げ出し、母は生活保護を受けるようになってから人目を怖がりはじめ、ついでに私の粗野な言動を侮蔑し、疎んじるようになっていた。まったく。お金がないというだけで人間はここまで心が荒んでしまうのか。これでは生まれつきお金がなく、これから先もお金を手にできるあてのない私が自然と荒みきってしまうのも至極当然の話だ。
 その古書店は小さく、古本の山が地層のように折り重なっていた。値札は付いていないが、こういう本は実際に売れるのかどうか。どうでもいい。私の興味は、窓ガラスに金魚のいない金魚鉢をいくつも並べたこの店の棚奧、狭いレジカウンターでいつも本を読んでいる店主の女にあった。
 化粧っけのない顔に頬のそばかすが目立ち、やけに大きな丸めがねが似合っていない。まるで見えない爪楊枝で歯垢をほじくるように時折唇を上げて、尖った犬歯を剥き出しにする。乱暴に組んだ足は長く、髪はぞんざいに後ろに束ねてチョンマゲのようだ。
 化粧すれば絶対美人なのにな。勿体ない──そう思う気持ちと、こんな大人の女性がいても許されるのだ──そう安堵する気持ちとに引き裂かれながら、私は『この世界に居場所の無いガキが暇つぶしに金魚鉢を眺めている』体を装って、よくその店に入り浸っていた。それは「体」ではなく事実なのだが、そうして「体」というワンクッションを挟むことで私は私のミジメさを受け流す。それでも受け流せない時は、カメをサンドバッグにして気分を発散させる。

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