割るのに失敗した饅頭のような月だった。昼でも夜でもない、気の抜けた色をする空に、ぼうっと浮かんでいる。いつか、半分に分けようとして、ちっとも半分にならなかった饅頭だ。その大きい方を、可笑しそうに笑いながら女は「あなたに」と勧めた。その不格好な薄い月をゆらゆら映す湖へ、源は飛び込んだ。
源は漁師をしている。琵琶湖に舟を出して、そこで魚を捕って暮らしている。ここ最近は不漁が続いて、漁師仲間たちが早々に漁を切り上げるなか、源はいつまでも舟を浮かべていた。琵琶湖をひといちばい好いていて、そして誰よりも諦めの悪い男だった。幼い頃などはその性分で、今は亡き両親を随分と手こずらせたものだった。
別段美しくない形の月が、柿色の空に薄く引っかかっていた時分に、源は一匹の鮒を釣り上げた。尾びれの形と鱗が妙に艶めく、美しい鮒だった。源の手の中で鮒は力なく跳ねた。背中のところが、裂けるように割れている。
「怪我をしてるんか」
源は不憫に思った。こんなふうに弱ってしおらしい魚を揚々をつり上げ、夕餉にするのは忍びない。それで、腰に結わえた袋の中から傷の薬を取り出した。鮒の傷に塗りつけてやりながら言う。
「こいつは良く効く軟膏だ。せっかく綺麗な鱗を持ってんだ、元気になって暮らせよ」
塗られている間、鮒はじっとしていた。濡れた片方の目で、源をじいと見上げていた。
「そら。塗りおえたぞ。達者でな」
鮒は琵琶湖に静かに滑り落ちた。水面をしばらく揺らがせて、やがて底へと消えていった。