次の日、やけに大漁となった獲物を抱えて源が家に帰ると、何者かが玄関前に佇んでいる。女だ。この辺りで見かけたことはない。女に慣れぬ源が恐る恐る声をかけると、女は広い笠を取り、源を見上げた。濡れるように黒い瞳であった。旅をしているのですが、宿が見つからず、今晩泊めていただけないか、と言う。静かな鈴のような声だ。
「ここらには宿もない。それは気の毒に、しかし――」
源は女の頭から爪先までを見た。
「あんたのようなきれいな人を泊められる家でもねえ」
女は良いと言った。穏やかではあったが、しかし瞳になにか強いものがあって、源はたじろいだ。それで、手の中の、独りで食べるのには少し多い獲物を持ち上げて見た。
「あんたが良いのであれば……」
女は料理が上手かった。白い手はてきぱきと鮮やかに動き、はたしてこれが自分の食卓だろうかと見紛う品々をこさえて並べた。そうして自身はちっとも食べず、かきこむように飯を食う源を、ただにこにこと見つめている。
「客人にご馳走するどころか、かえってこんな良くしてもらって」
「わたしこそほんとうにたすかりました、ありがとうございます」
そう酷く嬉しそうに微笑まれてしまうと、源はもうなんにも言えず、代わりに鮒を口へ押し込んだ。女の作った煮付けはよく味が染みて美味かった。源はただ「うまい」を繰り返し、女はそのつど嬉しげにはにかんだ。
泊めるといっても他に部屋があるわけでない。源は押し入れから滅多にこない客人用の布団を取り出し、できるだけ自分の布団と引き離して敷いてみたが、狭い部屋では禄に意味を成さない。源は狼狽えた。源をよそに、女はちっとも臆することなく、平べったい布団へと体を滑り込ませた。幾度か身じろいだ後、すうと静かになった。源は何か言いかけてやめた。女は疲れているのだろう。休ませてやりたかった。