小説

『福、舞う』紗々木順子(『分福茶釜』(群馬県))

「で、どうしたの、そのこ?」
「いやあ、それがさ」
 そう言ってバツが悪そうに坊主頭を掻いている。
「仕事も行くところもないっていうから、しばらくの間うちに置いてあげようと思ったんだけど、女房がやきもち焼いちゃってさ」
 副住職をしている古くからの友人がぼそぼそと話し始めた。檀家から帰って来たところ本堂の軒先で転がっている人がいる。始め若い男のホームレスかと思ったが、一応学生だと言う。腹が減っているようだったので、取りあえず風呂に入れてからなにか食べさせようとしたら、女の子だったことがわかった。そこへ、近所に行っていた奥さんが帰ってきてしまった。事情は説明したが、去年結婚したばかりの年上の女房だ。尻に敷かれている友人としてはどうにも居心地が悪い。かといって、こんな寒空に若い女性を放り出すわけにもいかず思い出したのが私と私の店。
「ほら、店の二階、空いてるだろう。どこか行くとこが見つかるまで置いてやれないかと思ってさ」
 友人は、もう一度坊主頭を搔いた。確かに寝泊りできるぐらいの場所は、ある。元々店と住居を兼ねた店舗だった物件を譲り受けて始めた商売である。住居だった二階は現在物置状態だが、家に帰るのが面倒になると泊まることもあるから、ガスも電気も水道も使える。
「最初は地味な恰好で髪も短かったし、ほら、あんなところに薄汚れて寝転がっているから、てっきり男の子だと思ったんだよ。学生だけど、バイト先が不景気でクビを切られて学費を払うのが精一杯。家賃が払えなくなってアパートも出なくちゃならんと言うし、それで、まあ、仕事を見つけるまでいればって言ってしまったあとで女の子だってわかったからさ、」
 なるほどね。ボーイッシュなショートヘアで目がくりくりっとした愛嬌のある子だ。名前は福と書いてサチと読むという。
 うちはリサイクルショップだ。リサイクルと言っても大学生目当ての古本がほとんどなのだが、専門書とか古い文学作品とか、あと古着も少し置いていて、そこそこ需要はある。とは言え、わずかだが祖父から相続した不動産収入があるからできる道楽のような商売だ。
「まあ確かに、大学生を客として当てにするなら大学生バイトがいるのはなにかと便利かもしれないけれど」

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