小説

『福、舞う』紗々木順子(『分福茶釜』(群馬県))

 福ちゃんが頬を膨らませる。愛嬌のあるクリっとした目で商品の間を踊るように行き来する福ちゃんは、じっと座っている招き猫と言うよりは、綱渡りして人気者になったあの狸のイメージだ。そして私が描いた絵は、店のエプロンをして茶釜ならぬ通学用デイパックを背負っている。
「あ、でもこれ、お店のキャラクターによくないですか? でもせめて名前は福ちゃんじゃなくって福子にしてくださいね。ふふ、国分福子。なかなかいいです」
「え、国分福、」
「いや、だから福じゃなくって福子ですって」
 福ちゃんは頬を染めてひらひらと手を振った。国分福子。その字面に、私は年甲斐もなくドキっとしてしまった。
 狸の福子は、それからうちの店のキャラクターになって、タグやポップ、ポイントカードなんかにも活躍し、福ちゃんが大学を卒業してアルバイトも卒業してからも店を助けてくれている。ありがたいことに口コミなんかで珍しい商品も集まってくるようになって、大学生だけじゃなくそれを目当てのお客さんも来てくれるようになった。福ちゃんに勧められて始めたネットでの買取りや販売も売り上げを伸ばしている。今では店の名前、「リサイクルの国分」より、狸の「国分福子」のほうが知名度があるらしい。
 ちなみに福ちゃんは、今も自分の仕事が休みの日にはときどき店を手伝ってくれている。
「せっかくの休みなんだからゆっくりしたらいいのに」
「楽しいからいいんです。店長と一緒にいられるし」
「こんなおじさんに懐くなよ」
 昔話では財を成した古道具屋は茶釜をお寺に返すのだが、そのお寺の友人からは絶対手放すなよと釘を刺されている。
 国分福。帳簿の隅に福ちゃんの字で落書きを見つけた。まあ、悪くはないな。

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