小説

『福、舞う』紗々木順子(『分福茶釜』(群馬県))

 所詮、そこそこはそこそこ。人を雇うほど儲けてもいない。今も暇なので、カウンターの後ろで売り物の本を読んでいたところである。
「だめ、ですよね」
 店の様子を見渡して、諦めたように女子学生が呟いた。まあ、誰が見ても人を雇える余裕があるようには見えないのだろう。
「時給、そんなにっていうか最低賃金かもだけど、家賃はいらない。それでいい?」
 なんだか気の毒になって、うっかりそう言ってしまった。すぐに笑顔になった相手を見たら、やっぱり無理だとは言い難い。
「いいんですか! ありがとうございます」
「じゃ、じゃあ、よろしくお願いします」
 正直、学生アルバイトなんてたいして当てにしてなかったのだが、福(ふく)ちゃんはなかなかよく働いてくれた。あ、サチが本当の読み方だが、私が何度か呼び間違えた後に、友だちもフクちゃんと呼ぶ人が多いからそのほうが慣れていると本人に笑顔で言われ、遠慮なく福(ふく)ちゃんと呼ばせてもらっている。福ちゃんは、朝講義に行く前に店の掃除を済ませ、空き時間に店番を代わってくれたりもした。夕方はまた在庫チェックや買い取りした商品の値札付けをしながらお客さんの相手もしてくれる。いつもにこにこ笑顔で狭い店の中を動き回る福ちゃん。彼女を目当てに寄ってくれる男子学生も少なくないと思う。もちろん、女子学生たちも福ちゃんにアドバイスを求めながら古着を選んだり売りに来たりしてくれている。買い取り時には、若い女の子の間の売れ筋商品の目利きもできるので大助かりだ。
 そして驚いたことに、いつの間にか客足は伸び、そこそこだった売り上げが、なかなかの売り上げになっていたのである。間違いなく福ちゃんが福を呼び込んでくれたのだ。
「店長、これなんですか?」
 そろそろ閉店の時間、売り上げのチェックをしているときに福ちゃんが帳簿を指さした。未だに手書きなのは、古本屋っぽくていいかなと言うどうでもいい理由。ハハハっと笑って手のひらで隠す。綱渡りする狸の落書きである。その横に福ちゃんと書いてなければ隠さなくてもよかったのだが。
「ひどーい! 福ちゃんって見えました!」

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