小説

『約束』霜月透子(『雨月物語』巻之二「浅茅が宿」)

 はためくカーテンをすり抜けて、校庭の笑い声や楽しげに弾んだ声が聞こえてくる。勝野が窓を閉めると、外の声はくぐもって遠のき、図書館に静けさが訪れた。
「ありがとう」
 声をかけられて振り向くと、隣のクラスの宮木という女の子が立っていた。小学校の六年間で一度も同じクラスになったことはないが、名前だけは知っていた。
「いや、べつに宮木さんのためじゃないし。うるさいのがいやなの」
 そう答えながら、勝野は宮木が話せることに驚いていた。宮木はよくいえば物静か、悪くいえば陰気な少女だ。鼻の辺りまで伸びた前髪が目元を覆っているうえに、うつむきがちなため、宮木の声どころか顔を知っている者もほとんどいないだろう。その宮木が勝野に話しかけてきたのだ。驚かないわけがない。
 そうはいっても、宮木から見れば勝野も同じようなものだろうことは容易に想像できる。さらには端から見れば、勝野と宮木の区別すらつかないかもしれない。
 教室や校庭には居場所がなくて休憩時間のたびに図書館に来ている二人が、今まで一度も口を利いたことがないことのほうが不自然だったのかもとさえ思えた。
 それからは会うたびに一言二言、言葉を交わすようになった。
 あるとき、勝野は読み終えたばかりの一冊の本を胸に抱えて宮木の隣の席に座った。
「ねえ、宮木さんはこの本を読んだことある?」
 宮木は読みかけの本を静かに閉じて、勝野が差し出した本をちらりと見ると頷いた。
「『雨月物語』ね。知ってる」
「全部読んだ? 『浅茅が宿』は?」
「読んだ。いちばん好きな話」
「この話、妻の名前が宮木だよね。宮木さんと同じだね」
「それがなに?」
「美人だって書いてあったよ」
「死んじゃうけどね」
「あ……ごめん。そんな登場人物と同じだって言われてもいやだよね」
「べつに。せつないけど、いい話だと思う」
「だよね! それにさ……」
 

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