小説

『鬼さんこちら』太田純平(『福は外、鬼は内』(山形県))

 今年も節分がやってきた。
「せつぶんってなぁに?」
 と娘のチヨがパパに訊く。
「節分っていうのはね、鬼を追い払って福を呼ぶ、立春前日の伝統行事で――」
 パパの回答にすかさず台所のママからツッコミが飛ぶ。そんなんで分かるわけないでしょ、と。
「節分っていうのは、悪い鬼をやっつけることよ」
「ふ~ん」
 六歳のチヨにはママの答えのほうがしっくりきたようだ。パパはバツが悪そうに福豆の袋を開けると、豆を六粒だけチヨの皿の上に置いた。
「節分っていうのは、豆を食べる日でもあるんだよ」
 パパの説明をよそに、チヨが不満そうに皿を覗き込む。
「もっとちょうだぁい?」
「ダーメ」
「どうしてぇ?」
「これはね、自分の年齢の分だけ食べるもんなんだよ」
 そう言ってパパは自分の皿の上に大量の豆を取り出した。二、四、六、八――全部で三十八個になるまで律儀に数えるパパ。その様子にチヨは「ずる~い」と言って膨れっ面になった。
「ハイハイこれでもお食べ」
 と台所からママが来て、昨日の残りの肉じゃがを出す。
「きょうもこれぇ?」
「文句言わない」
「え~、もうあきたぁ」
 ママは渋る娘ではなくパパを一瞥した。パパは弱りながら顔を伏せる。娘にこそ言えないが生活はなかなか苦しかった。
「鬼は~外、福は~内」
 ふとお隣さんの部屋からくぐもった声が聞こえてきた。
「鬼は~外、福は~内」
 何やら外からも同じような声が聞こえてくる。
「おっ、始まったぞ?」
 気を変えたようにパパは立ち上がると、窓のほうに行ってカーテンを開けた。チヨも寄って来たが「よく見えない」と言うので仕方なく窓も開ける。ここは安アパートの二階。ベランダは無い。外にはただ真っ直ぐ路地が広がっている。
「あっ、オニ!」
 不意にチヨが指さした。見ると鬼の恰好をした人々が商店街のほうから走って来る。まるで何かに怯えて逃げるように。
「鬼は~外! 福は~内!」
 するとすぐに近所の子供たちが駆けて来て、我先にと逃げる鬼の背中に豆をぶつけている。

1 2 3 4 5 6