小説

『鬼さんこちら』太田純平(『福は外、鬼は内』(山形県))

「ねぇパパ」
「んー?」
「あれなになげてるのぉ?」
「あぁ、豆だよ豆」
「まめぇ? どうしておまめをなげてるのぉ?」
「ハハッ、厄除けっていってね。悪いことがやって来ないように、お願いをしているんだよ」
「おねがい?」
「あぁ。鬼は外、福は内って言いながら豆を撒くとね、幸運がおうちにやって来るんだよ」
 再びチヨが鬼に目をやる。
「鬼は~外! 福は~内!」
 子供たちがキャッキャ言いながら鬼に向かって豆を投げつけている。ふらっと表に出て来たご近所の方々も便乗して投げたりもする。
「オニさんがかわいそう」
 チヨがぽつりと呟いた。パパが「チヨは優しいなぁ」と言って頭を撫でてやる。大人の世界は不思議だなぁとチヨは幼心に思った。あれで本当に幸せがやって来るのかとも。そんな胸の内がつい言葉になって――。
「鬼は内~! 福は~外!」
 とチヨが大声で叫んだ。
「お、おいおいチヨ」
 と慌ててパパが咎めたが、時すでに遅し。豆を投げていた少年たちはもとより、逃げていた鬼たちも一斉に足を止めてアパートの二階を見上げた。
「鬼は~内! 福は~外!」
 チヨが再び叫ぶ。
「こら! チヨ!」
 これにはさすがにママが怒った。
「ご近所迷惑でしょ!?」
「だって、オニさんがかわいそうなんだもん」
「かわいそうじゃないの。節分っていうのはそういうものなの」
「そ、そうだぞぉチヨ。鬼は内、福は外じゃあ、幸せになれないんだぞ?」
「どうしてぇ?」
「どうしてって……」
 節分にはそもそも「季節を分ける」――すなわち季節の変わり目という意味もある。昔から季節の変わり目には鬼が出ると信じられていたから、それを追い払う悪霊払いの一環として豆撒きが行われるようになった。
 ーーなんて説明をしたところで六歳の娘が理解出来るはずもない。パパがどうしたものかと困っていると、ママがぴしゃりと窓を閉めた。チヨがプクーっと頬を膨らませ遺憾の意をママに示す。パパはチヨの頭をポンポンとやってそれを宥めると、ちゃぶ台の前に座って豆を食べ始めた。ママはママで夕飯を運び始める。
「・・・・・・」

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