小説

『鬼さんこちら』太田純平(『福は外、鬼は内』(山形県))

 まだ不満がくすぶっていたチヨは、そんな二人の間をすり抜けて玄関のほうへ向かった。かと思うと、いきなり玄関の扉を開けてストッパーで開放固定してしまった。
「ちょっとチヨ、なにやってんの?」
 すかさずママがチヨを叱る。
「寒いでしょ? 早く閉めなさい」
「ヤダ」
「お、おいおいチヨ、どうしたんだ?」
 パパが腰を上げてチヨの元へ向かうと、チヨは扉を閉められまいと玄関の前に立ち塞がった。
「うちくらいオニさんをたすけたっていいでしょう?」
「えぇ?」
「オニさんをたすけようよぉ」
「……」
 チヨの言葉にパパは心を打たれた。この子は鬼に対して恐れるどころか慈しみの心を持って接しようとしている。
「ウンウン、そうだな」
 潤んだ瞳でパパが頷いていると、後ろからママがやって来てパパを小突いた。
「ちょっとアナタまでなにやってんのよ。寒いじゃない。早く閉めてよ」
「……」
 パパは何も言い返せずチヨに顔を向けた。節約のためエアコンを入れていないから確かに室内は寒い。ましてや甲斐性が無いのは自分のせい。パパは苦渋の決断の末、チヨに告げた。
「チヨ、扉を閉めなさい」
「ヤダ!」
「チヨ」
「ヤダ!」
「チヨ、そんなワガママ言ってると、本当に鬼がやって来て――」
 とパパが言い掛けると、本当に鬼がやって来た。もっとも鬼の恰好をした人間だが――。
「お、お取り込み中、すみません……」
 鬼は気弱とみえ、恐る恐る玄関を覗き込むようにパパに話し掛けて来た。
「あ、あのぉ、自分、鬼なんですけど……」
「は、はぁ」
「先程、ちょっと、こちらのお宅から、嬉しい一言を、耳にしまして――」
「嬉しい一言?」
「え、えぇ。『鬼は内、福は外』って……」
 なんでもこの鬼は、近所の子供たちがあまりにも容赦なく豆を投げつけてくるから、ひとまず休憩場所を求めて逃げて来たのだという。下手に公園などで休んでいると、鬼だ鬼だとすぐに豆を投げつけられてしまうらしい。
「どこに逃げても、豆、豆、豆で――」
 涙ながらに語る鬼。パパが対応に窮していると、チヨが鬼のタイツの裾をちょんちょんと引っ張って、中へ招き入れようとした。

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