小説

『涙の確証』加持稜誠(『竹取物語』)

 僕はその日、『女神』を見つけた。
 仕事帰り、ささくれた思いの最中、その『女神』は現れた。
 彼女は薄汚れた街の片隅で、不浄を洗い流す母性に充ちた微笑みを湛えながら、一際光り輝いていた。そして目の前を通り過ぎてゆく、無関心な骸の流れなど一向に介さず、高らかにその歌声を天まで轟かせていた。


 僕はその声に、その歌詞に、その表情に、僕の全てを射抜かれた。心は丸裸にされ、無垢な部分さえも曝け出されてしまった。そしてそこに沁み込んでいく彼女の歌声。それは、今までの自分の頑張って来た事、哀しかった事、自己嫌悪に陥った、ありとあらゆる感情と過去を包み込んで、僕を『僕』として認めてくれた。今までにない感情が僕の中で噴出し、怒涛のように胸中を駆け巡った。


 「は……あ……」
 気が付けば涙で頬が濡れていた。




 彼女の名前はMinas(ギリシャ語で「月」)。地道に路上ライブを続ける、新進気鋭のアーティストだ。作詞・作曲、アレンジも含めて、全て自分でこなす実力派。
 僕は彼女の紡ぎ出した歌詞と、奏でる旋律に魅了されて、その日から彼女のライブに足繫く通うようになった。まるでそれが日課であるかのように、彼女の歌声を直に聴かなければ、僕の一日は終わらなくなった。故にライブが無い日は、身も凍るような寂しさで、底知れぬ虚無感に苛まれていた。
 それはさておき、心配な事が一つ。
 それは彼女の人気。
 僕のぞっこんぶりとは裏腹に、毎回観客は3,4人。常連も居なくはないが、僕のように毎回ではない。飛ぶ投げ銭も僅かで、ほぼ聴き逃げの観客ばかりだ。その現状に危機を感じた僕は、お節介にもライブのビラ配りや、立て看板の作成などを、頼まれもしないのに買って出た。
 そのお陰か、多い時は10人程の観客に囲まれて、1万円の投げ銭も飛んだ事もあった。

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