遠い昔のお話です。長者の家には三人の娘がおりました。三人ともそれぞれ美しい娘なので近くの村ばかりでなく遠く離れた町や旅人たちの間でも噂に昇ることがありました。あるとき、少し離れた峠の旅籠の主人が自分の息子の嫁に三人のうちの誰かを嫁に欲しいと言いました。その息子は真面目でよく働くと評判でした。使用人を何人も抱えた立派な旅籠の跡取りです。しかも以前長者がその旅籠に泊まったときに、とても親切にしてもらったのです。
「娘たちよ、誰か行ってくれないか」
「そんな遠くは嫌だわ」
三番目の娘は真っ先にそう言って、幼子のように母親の陰に隠れてしまいました。
「あんな山の中はおそろしいわ」
うつむいた二番目の娘の表情は流れる黒髪で見えませんでしたが震えています。
「旅人から色々な国の話が聞けるかもしれない。楽しそうね」
一番目の娘がにっこり笑いました。
それで、その旅籠には一番目の娘が嫁に行くことになりました。
それからまた半年が過ぎた頃でした。長者はそろそろ家のことを守ってくれる跡取りが欲しいものだと思うようになりました。心当たりがないわけではありません。長者の家には下男のほかにもいつも長者の仕事を手伝っている若者がおりました。遠い親戚の反物屋の三男坊で、家を継ぐこともないので働かせてくれと店の主人から頼まれて住み込ませていた若者です。物静かですが、気配りのできる若者でした。
「娘たちよ、どちらか反物屋の息子を婿にして家を継いでくれないか」
「あのひとと夫婦になったらきっと退屈よ」
二番目の娘は振り向かずに答えました。
「優しいひとと穏やかに暮らせるならそれでいいわ」
三番目の娘が頷いたので、長者はさっそく反物屋に使いを出しました。反物屋は喜んで祝の反物をたくさん届けてくれました。美しい反物を見て三番目の娘は大喜びです。