小説

『水神の沼』紗々木順子(『照夜姫伝説(宮城県大崎市)』)

 
 三番目の娘が婿をもらい長者の後継ぎができたからといって、二番目の娘を追い出すわけにもいきません。とりあえず使っていない離れを修繕し、老女をひとりつけて自由に暮させておりました。そこへ何人かの若者が求婚しに来ましたが、そのたびに二番目の娘は首を横に振ります。
「あのお方は嫌でございます」
 変事は決まってそれだけでした。
「ああ、なんと望みの高い娘であろう」
 長者は二番目の娘がもっといい縁談を望んでいるのだと思って溜息を吐きました。
 ところで、長者の館のそばには大きな沼がありました。美しい沼のほとりでは四季の花々が咲き誇り、小鳥のさえずりが聞こえます。二番目の娘は、月のきれいな夜によくこの沼のほとりまでやって来て水面をのぞいておりました。穏やかな水面には美しい娘の姿が映り、沼に住む魚や虫が娘の姿に惹かれるように集まって来るのです。ところが娘はいつも悲しそうでした。
「しかたがないわ。このような醜い姿では、妻にした方がお気の毒ですもの」
 娘がどんな縁談も断っていたのは、自分の姿が決して美しくはないことを悲観してのことだったのです。
 水面に映る娘の顔には確かに醜い痣がありました。けれど、沼に住む生き物たち側から見れば、痣がない頃の、いいえ、それ以上に美しい娘の姿が見えておりました。不思議なことに、この沼の水面を通して見えるのは心を姿に表したもので、生き物たちは娘の美しい心に惹かれ水面に集まっていたのです。
 またこの沼には、このあたりの農地を守っておられる水神さまもお住まいになっておられました。そのお方は、普段は白い蛇となり、冷たく静かな沼底で水の行方を守っておられたのです。そしてこの村で起こったことは、水の流れを伝ってすべて水神に知らされておりました。だから、二番目の娘の顔の痣がどうしてついたのか、この娘がどれほど優しい娘なのかもご存知でした。

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