「うさぎが一番かわいいからって理由で卯年って嘘ついてたんだよね」
薫は直樹の言葉を反芻した。世間一般の人々が眉を顰めるようなことをする人もいるのだから、こんなものは取るに足らない、ほんの些細なことであるはずなのだが、薫は昨晩のやりとりを何度も思い出しては不安になっていた。
あまり深く考えないようにしようとしているのに、気が付くとこの件について考えてしまうのは、蚊に食われたところを掻きすぎてしまって余計に痒くなるのとどこか似ていた。
「お母さんってどんな人?」
「あらためて聞かれると難しいなぁ」
「明日初めて会うのに結婚を認めてもらわないといけないでしょ? 嫌われないようにしないと」
「大丈夫、大丈夫。絶対に反対しないし、させないから」
「でも……あらかじめ知っておきたいし。写真とかない?」
「写真なんてないよ。そうだな……薫とはタイプが違うかな。ぶりっ子って言うか、見栄っ張りって言うか、うさぎが一番かわいいからって理由で卯年って嘘ついてたんだよね」
「え、どういうこと?」
「本当は亥年なのに、うさぎが一番かわいいからってずっと卯年ってことにしてたんだよ。俺、干支とかほぼ気にしたことないし、くだらないよね」
「うん……でも、どうして嘘ついてるって分かったわけ?」
「奨学金の書類書く時に親の生年月日を書く欄があってさ、何となく計算したら思ってたより年いってね? ってなって、ついでに干支も確認したらイノシシだったってオチ。イノシシはかわいくないからイヤだったんだってさ。まぁ、どうでもいい話だね」
薫はこれから義母になる人とうまくやっていけるかが不安になった。直樹の父は直樹が高校を卒業する頃に病で他界しており、他に親戚もいないため、義母との付き合いだけを気にすれば良かったのだが、薫の胸はざわついた。
タイプが違う。直樹は簡単に言うが、かわいいという理由で干支を偽るなど、薫には考えられないことだった。同じクラスにいたとしても、きっと距離を置いただろう。