寒い冬だった。秋の終わりの大きな風が山の木々の葉を全て散らしてしまうと、夜ごと、ぱきぱきと幹の弾けるような音をたてて村は冷えていった。裸木の間をぬって山肌を駆け回る子供たちの吐く息が長くたなびき、宙に無数の白い輪を描いて、子供たちは雲と戯れる天使みたいにみえた。じきに村の中心を貫く川の表面が黒く凍った。夜のうちに逃げ遅れたサギの一団が張りつめた氷の牙に長い脚を囚われ、弱々しく翼をはためかせていた。それを少年が撃った。村の上空に巨大な怪物の腸のようにみなぎった灰色の雲の下で、少年は歯をくいしばって眩暈をやり過ごし、初雪の到来を願った。雪が降って、たったいま彼が首をとばしたサギの細くのびた体に白い毛布をかけてやってほしいと思った。どこか遠くのほうで仲間を呼ぶ鳥の声がした。川面のサギが一斉に空をみあげ、黄色い嘴から狂ったような叫びをあげてそれにこたえた。背後から少年の父が彼を見つめていた。少年は十五歳で、初めて持つ鉄砲の重さによろめきながらさらにもう一発、撃って、それからもう一発、撃った。白い羽が火花のように散った。氷のうえに赤い血が流れた。やあ、上出来じゃわい。白い息を吐いて父が笑った。少年の息も白かった。頬が火照って、やかんみたいに突っ張っていた。川原の草は冬の冷気に黒く焦がされて細くねじれ、風が吹くたびにちりちりと音をたてた。村のぐるりをとり囲む山々を天使のように駆け回りながら、子供たちが笑っていた。少年は寒さに歯を鳴らした。彼は今にも雪が降るだろうと思った。雲は彼の頭上でぶよぶよと脈打っていた。さあ次はどいつにする。背後から父に促されたが、少年はもう腕をおろして動こうとしなかった。瞳に涙をためて目の前で炎のように身悶え、虚しく鳴き交わしているサギの群れをみつめ、ごまかすように一度あくびをしてみせた。少年の父が少年から鉄砲を取りあげ、残りのサギを撃った。少年の名前は虎丸といった。彼には好きな娘がいた。北山の麓に母親と二人で暮らしている、同い年のコト子という娘だった。その日の午後遅く、虎丸は生まれて初めて仕留めた獲物を手にぶらさげてコト子の家を訪ねた。興奮と誇らしさに赤く膨らんだ少年の頬にはまだ涙の跡が薄く残っていた。どうなこれ、でかいサギじゃろうが、今朝がた俺が撃ったんじゃわい。そういって虎丸は、くすんだ色の浴衣を二重に着こんで玄関先に現れた少女の鼻先に首のない鳥を突きつけた。コト子は結びの黒い薄汚れた雪駄を履いていた。浴衣の裾が風に揺らぎ、象牙のように清潔な少女の肌がひらひらと垣間みえて虎丸の瞳に白い影をうつした。あんた、恐かったんじゃろう。といってコト子は笑った。虎丸の手からサギをひったくり、顔くらい洗っておいでよ、情けない。そういって踵をかえし、家のなかに消えた。虎丸はふたたび玄関のガラス戸を叩いた。おいコト子や、まだお前にあげるとはいってなかろうが、返せや。そういって濁り細工の薄いガラス戸を打ち砕かんばかりに叩きつけ、家のなかで少女がからからと笑うのに気をよくしていると、突然、なんよ騒々しい、と背後から声をかけられた。コト子の母のヤチという女だった。ヤチは北山の彼女の畑から大きな白菜を一玉もいで帰ってきたところだった。ばつの悪そうな顔でふりむいた少年をおしのけてヤチがガラス戸に手をかけると、鍵がかかっていて腕から白菜が転げ落ちた。ヤチは娘に怒鳴った。コト子が内から戸を開けると、ヤチは身をかがめて白菜を拾いながら虎丸を横目にみやった。お前は人殺しの息子さんじゃないかね、もうお帰り。戸が閉まり、濁りガラスのむこうで鈍い音が響いた。コト子がちいさな叫び声をあげた。虎丸は青い顔で立ちつくしていた。しばらくして玄関横の台所の窓が開き、首のないサギがぽいと彼の足元に放られた。少し血が飛んで虎丸の着物に黒い水玉の染みをつくった。