小説

『リベンジするほどパッションはない』もりまりこ(『ブレーメンの音楽隊』)

 八雲のリベンジは、ある日突然決行された。
 ボウルの中の純白の団子の粉に水をそろりそろりと注ぐ。さらさらだったものがこねているとしっとりとしてゆき、ばらばらだったしろいものがひとつにねばってゆくのがわかる。かつて粉だったそれはもうもちもちし、ひとつの大きなしろいかたまりになる。
 八雲にとってしろは、ここからよそへ出てゆくときのよそおいなのだ。
 ひたすらてのひらの上でまとめていると、昔幼かった頃、時折酒乱じゃないときの母親がこしらえてくれた十五夜団子を思い出す。すすきを飾った花瓶のそばには、ピラミッド型に
 並べられていたしろい団子。それを積み上げるのは、ささやかなこどもの仕事だった。
 お湯のなかで、まるまった団子がふわっとゆらっとまっしぐらに浮いてくるとき、そわそわする。
 あの時と違うのは、今日は上新粉と団子の粉のなかにそっと、彼岸までたどりつける粉を混ぜておいたことぐらいだ。
 澪の耳たぶに触れながら、これぐらいのやわらかさがいちばんおいしいって囁きながら、八雲は澪をあやめた。しろい団子が澪の喉元を過ぎたころ、澪は澪のなかから、そとへとでてゆくのが八雲にはわかった。澪をころして栞と生きるはずだった。

 澪は栞の友達で、八雲は栞の彼だった。でも八雲は通りすがりの人に刺されて死んでしまう。残された栞は途方に暮れた。そして栞はなぜだかその日から口笛を吹く人々が会話する声を理解できるようになっていた。

 部屋に栞が辿り着くと口笛を吹く男が側にいた。背中から汗がでそうになっていたら、口笛がメロディを奏でたみたいに吹かれた。
<ぼく、みおのもとかれです>
 たしかにそう聞こえた。
 澪の元カレは、背の高いひとで、腕が長そうだった。顎髭がすこし生えていて、グレーのパーカーを着ていた。
<さがしものがあったんです>
 男の吹く口笛は、譜面におこすと空をたがいに離れずに飛んでいる小さな鳥が並んでいるような音階だった。
 部屋に入ると男は<失礼します。あ、ふじみっていいます>って口笛で伝えた。
 日常が口笛なせいか、頬のあたりが凹んでいてとてもシャープな横顔にみえた。
 ふじみは、ベランダにゆくと長い腕をパーカーの袖から伸ばして、もうその腕はそこら辺りの宙にあるものなど、すべてを搦めとってしまうかと思うぐらい遠くを指さしていた。
 なにも喋らずにただむこうを指さす。栞はふじみの後ろに立ってその場所をみていた。

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