小説

『益荒男の風』牛久松果奈(『雨月物語 蛇性の婬』)

 友人の郁子から連絡があり、私たちは十年ぶりに会うことになった。家事はそこそこにして、身支度に時間を費やしたのは、郁子に会う嬉しさと、専業主婦になって、あまりの自然体の顔であったからだ。高校三年生の時、同じクラスで、大半の男子は郁子のことが好きだったし、ウエストも私の半分しかないことが妬ましかった。憧れでもあった郁子に、私なりに綺麗な姿を見せたかった。
 喫茶店の一番奥のテーブルに座って、物憂げに頬杖をついて、脚を組み、ロングヘア―の美女が座っている。たぶんあれ、そうだなと思った途端、女性は、私に気が付いて、小さく手を振った。やっぱり、郁子だった。
郁子は十年経っても神々しい。髪や肌の艶は良く、爪はネイルで華やかだ。溜息が出るほどに、睫毛が長くボリュームがあり、同じ女とは思えないほど美しかった。私たちはあの頃に戻って、楽しく話しているうちに、十年分の空白を告白し、苦労の形は違うにせよ、お互い様々な困難を抱えていた。
 私は結婚してから亭主関白の主人に悩み、郁子も子供ができず、不妊治療の苦労があって、お互いにうまくいかないこの世の中を、そんなものだと思い始めていた。そこで郁子は大変興味深いことを言い出した。
「私ね、頭に来ることがあると、自分の中に男がすっと入ってくるの。こないだは、旦那を背負い投げした。自分の意志とは関係なしに旦那を持ち上げて、ぶん投げてやったの」
「それって、何かに乗り移られているってこと?」
 郁子は頷いた。そして、次の言葉に耳を疑った。
「煙草を呉れないか?」
 その声と言ったら、男の太い声で、郁子の高い弾むような声でなかった。郁子は煙草が吸えないし、おかしいなと思った。
「持ってないから」
「お前も吸わないのか? チェッ」
 などと言った。やはり、男が入っているようであった。
「ところで、あんた乗り心地のよさそうな体してるじゃん」
「郁子?」
 私は、鳥肌が立ち始め、腋に汗をかいた。
「俺はタツオ。ヨロシク」
 私は半信半疑で郁子に言った。
「私の旦那も投げ飛ばしてくれる?」
「殺してやってもいいぜ」
「やっぱり、怖いからやめとく」
 男――郁子は笑った。
「殺るときはいつでも呼びな。だけど、あんた、タイプだ」
 乗り移る気でもあるのか、気味が悪い。いざとなれば、お祓いすればいいものと思ったときに、郁子は言った。
「なめんなよ」
 そして、私は郁子に強引に引き寄せられて、唇を奪われた。

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