小説

『益荒男の風』牛久松果奈(『雨月物語 蛇性の婬』)

「今日からお前は俺の女」
 郁子は唸りだし、私を抱きしめてきた。その時の電気の通るようなビビビで、男が私の中に入ってしまったようだった。郁子は、男をあげたわけじゃないから、気が済んだら返して欲しいと真顔だった。排卵日の前には、戻ってきてとまで言った。信じられない言葉だった。
 私たちは、男を意識しながら、昔の話に花が咲いた。楽しかった。
「おい、郁子さんよ、俺行くよ、またな」
「帰ってきてよね。あなたがいなきゃ困るんだから。それから、なんかあったら、お祓いするから」
「大切なお友達には手を出しません。俺はただ風を吹きかけるだけだから」
 私と郁子はハグしてお別れした。郁子はたぶん私でなくて、男とハグしてんだろうな。女はみんな友達よりも男だもんね。わたしは空を見上げた。雨が降りそうだから寄り道しないで帰ることにした。

 私の男は魂ですって、なんだか不思議。私が思ったこと、感じたことに、いちいち男は反応する。耳元に息を吹きかけるように風を感じる。くすぐったい。男がいつも一緒のような気がしていた。私に変化が起こったのは、たばこを吸ってみたくなったことだ。
 セブンスターとライターをセブンイレブンで買って、初めて煙草を吸った。セブンイレブンでセブンスターを、初めて買った女と言って、男は響きがいいねと言った。最初は咽たんだけど、上手に吸えるようになった。
 男ができてから、下着も気を遣うようになって、セクシーなものに変更されていった。リオのカーニバルみたいな下着を堂々と外に干せなくなったし、主人に見られたら、おかしいと疑われるような気がした。ばれない様に最善の気を遣うようになった。いくら魂と付き合ってるといえども、浮気には違いなかった。心を持ってゆかれるんだもの。私は、男ができて、自分でも綺麗になったような気がしていた。男の好みの女性になっていくようだった。気が付けば私の睫毛も、郁子のようにボリュームが出て、女性らしくなっていった。
 三ヵ月も経つと主人に、最近綺麗になったなと言われた。
「不倫でもしてるんじゃないよな?まさかのまさかでね」
「するわけないでしょ。バカ!」
 私は主人の頬に一発お見舞い食らわせた。薬をかけた後のゴキブリのような主人を、私は足蹴りした。男がやっちまったんだ。
 ――ちょっと、やり過ぎよと私が心で思えば、あのくらいやってちょうどいいのさと言った。
「ねえ、タツオ。どうして、そうやって人間の体に乗り移ったりするの?」と聞いてみれば、
――お盆の送り火まで遊びに行っていて、帰りの牛に間に合わなかった。俺の帰る場所は、地獄なんだよ。火の中に飛び込んで、体が溶けてしまうんだ。だけどね、復活するのだよ。不思議とね。毎日それの繰り返しで、嫌になっちまってね、お盆中に昔の女と落ち合ったってわけだ。その時は、雀に変身した。彼女も雀でさ、俺たちは、堂々と交尾して愛を確かめ合ったんだ。
 生きてるときは不倫だったから、こそこそ逢瀬を重ねて、しまいには一緒になれないのならもう別れるわって泣かれたんだ。
 家庭を壊すなんて考えていなかった。ただ、愛していたからね。死んでも毎年、お盆に会うのさ。雀だけどね……。色んな所へ一緒に飛ぶんだ。それで、地獄行の牛に乗り遅れたんだ。どうしようと思っていたら、綺麗な女の人が歩いてきて、香りに誘われて、肩にちょこんと乗せて貰ったんだ。霊感がある女でね、直ぐに会話できたよ。気が合うっていうか。
「じゃあ、またお盆が来たら帰れるの?」

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