沙織は暗い部屋の片隅にうずくまっていた。明かりをつけようにも、電気が止められているから、それも叶わない。窓の外にはしんしんと雪が降りつもり、隙間風が絶えず部屋に吹き込んでいる。
お腹の空いた沙織は、ランドセルから給食の時に持ち帰ったコッペパンを取り出し、少しずつちぎって食べた。
父親はまだ帰ってこない。今日の夕食はこのパンだけだということも十分ありうる。沙織は一口一口を噛みしめた。
パンを食べ終わった沙織は寒さをしのぐため、じっとして、体をさらに小さくした。
「娘さん、娘さん」
沙織がうとうとしかけた時、声が聞こえた。沙織が目を開けると、目の前に男がいた。思いがけない来訪者に沙織は叫んだ。
「泥棒!」
「泥棒ではない」
「そっか、この家、盗むものなにもないもん」
沙織は自分の言葉に思わず笑い出した。男がぱちんと指を鳴らすと、部屋の電気が付いた。ここで初めて沙織は男の正体を見ることになった。
男はごく普通のスーツ姿の青年だったが、頭には不似合いな赤いとんがり帽子をかぶっていた。
沙織が思わず「変な人」と呟くと、男は「変な人じゃない、俺の名前はルンペルシュティルツヒェンだ」と怒鳴った。
「ルンぺル?」
沙織が聞き返すと、男は一音一音はっきりと発音した。
「ル・ル・ペ・ル・シュ・ティ・ル・ツ・ヒェ・ン」
沙織は「長すぎて、覚えられない。ルンぺルさんでいい?」と言った。
「娘よ、それは失礼だぞ」とルンペルシュティルツヒェンが文句を言うと、沙織は「私は娘じゃなくて、沙織」と言った。
「分かった、好きなように呼んでも構わない」
ルンペルシュティルツヒェン改め、ルンぺルはあきらめたように言った。
ルンぺルがぱちんと指を鳴らすと、沙織の目の前に湯気を出したラーメンが現れた。それを見た沙織は感嘆の声を上げた。
「わあ、ラーメン!」
沙織はラーメンを見て目を輝かせた。通学路にあるラーメン屋から漂ういい香りをかぐたびにラーメンを食べたいと心から願っていたのだ。
沙織はラーメンをじっと見て、どんぶりを持ちあげると、匂いをかいだ。
「はあ、いい匂い」
ルンぺルはそんな沙織を見て、苛立ったように「おい、早く食べないと伸びる」と小言を言った。
沙織はうんと元気よくうなずくと、ラーメンを音を立てて、すすった。
「おいしい、おいしいよ。ルンぺルさん」
がちゃりと玄関の扉の音がすると、電気が消え、暗闇が戻った。
「おい、どういうことだ」
怒鳴り声を開けて部屋に入ってきたのは、沙織の父親だった。
「沙織、沙織、どこにいる?」
沙織が「ここです」と小さい声を出すと、父親は靴も脱がずに部屋に入った。
「おい、ラーメンの匂いがするぞ。おい、お前、どこにそんな金がある? え? 盗んだのか?」
父親が酒臭い息をまき散らしながら、沙織の首元をつかんだ。