小説

『ルンペル』田中りさこ(『ルンペルシュティルツヒェン』)

「そうしたいのも山々ですがね、問題を解決して頂かないと」と男は言った。
 男が言うには、沙織の父親はこの男から借金をしているのだという。
「いくら催促しても金を返さない。こちらも随分待ったんですよ。とうとう苦し紛れに家に金(かね)はないけれど、金(きん)ならあると冗談みたいなことを言うんですよ」
 男はくっくっと笑った。
「この貧乏人がどうやって金を手に入れたか聞きだそうとしたら、事もあろうに娘が紡いだの一点張り。これだけ大真面目に嘘が付けるのも面白いとあなたに来てもらったわけです」
 男は言葉を切って、小さくため息をついた。
「私はユーモアがあるといわれている方でね、この男を信じてみようという気になったんですよ。そんな話でも信じないと、この金の糸の説明がつかない。だから、実際に紡いでください。部屋いっぱいに毛糸を用意しました」
 沙織が「そんな、私」と言葉を濁すと、男は「もし、断ったら父親の命はありませんよ。まあ、もちろん、金にできなくても、父親の命はありませんよ」と言った。
 男はもう一度沙織の顔を見て、「その若さと美しさがあるなら、別の方法でお金に変える方法もありますけどね」と言った。

 部屋に閉じ込められた沙織は途方に暮れた。いくら金に変えることができるといっても、目の前にうず高く積まれた毛糸を今夜中に金に変えることは到底できない。
 沙織は顔を覆った。現れたのは、ルンぺルだった。
「申し訳ないことをした。まさかこんなことになるなんて」
「ルンぺルは悪くないわ。父が悪いの」
 沙織は笑った。
「それより、ルンぺルは私が困っているといつも来てくれるのね」
「こんな時に笑わなくてもいい」
 ルンぺルの言葉に沙織は一筋の涙を流した。ルンぺルは言った。
「ここの毛糸を金に変えてやろう。その代わりに何をくれる? ただし、前のような、その口づけのようなものはダメだ」
 沙織は首元からネックレスを手繰り寄せた。ネックレスの先にはきらきらと光るハートの飾りがついている。
「このネックレスをあげる。これは父さんが小さいころ、祭りの夜店で買ってくれたの」
 沙織はネックレスを愛おしそうに指先でなぞった。あのころは幸せだった。父親と母親の三人で仲良く夜店に行って、夜は花火を楽しんだ。幸せな思い出は、尽きることなく思い出せる。
ルンぺルはネックレスを受け取ると、うずたかく積まれた毛糸をあっという間に金の糸に変えた。
「まだ、行かないで」
 沙織はルンぺルの腕をつかんだ。
「どうした?」
「お願い、傍にいて」
 ルンぺルは黙って、椅子に腰かけた。
「お前が眠るまでだ」

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