小説

『選ぶって上から』志水菜々瑛(『花いちもんめ』)

「今日から花いちもんめは禁止です」
 体育館に集められた私たちに、学年の先生が告げた。先生が「大事なお話」をする時の振る舞い方を、私達はわきまえていた。口を真一文字に結んで、先生の顔を真っ直ぐ見て、三角座りをまとめる両手に少し力を入れて、緊張感を走らせる。「私、ちゃんと聞いています」ってアピールする為に、先生と目が合うタイミングで大きく一回うなずく。子供達が理解したと満足すれば、先生の「大事なお話」は早く終わる。早く終わらせるために、私たちは「わかったフリ」をする。
 5年2組は、花いちもんめが禁止になった原因をわかっていた。ミチだ。人気者から順番に引き抜かれていく花いちもんめで、いつも最後に残っていたのが、ミチだった。ミチはとにかくトロかった。しょっちゅう掃除の時間まで給食を食べていて、机を運ぶ時邪魔だった。運動神経が悪くて、そのくせ空気のフリをしないから、サッカーもバスケットボールも、ミチのいるチームは絶対に負けた。心の中で、皆ミチを邪険に思っていた。でも、目に見えるいじめを施す人はいなかった。もう高学年の私達は、いじめがいけないことだってわかっていた。いじめてしまえば、悪者になる。「ミチ、頑張って」と言いながら、ミチが苦手な牛乳をこっそり飲んであげる子はいなかったし、ゴール下でノーマークのまま構えているミチにパスを回す子もいなかった。
 そんな私達のクラスで「花いちもんめ」が流行した。半分こになって、手を繋いで、欲しい人を取っていく。私たちは気が付いてしまった。最後に残った子に与えられる無言の制裁を。クラス内での「順位」を知らしめる方法を。私たちが最後に残したのはミチだった。何回やっても、ミチだった。示し合わせたりはしていなかった。それが、私達5年2組の答えだった。
 きっと、良心に耐え兼ねた誰かが先生に報告したのだと思う。噂では、クラス長の佐々木さんだった。もしかしたら、先生が気づいたのかもしれない。それか、ミチ自身が先生に相談したのかもしれない。真相はわからないが、先生からの禁止通告が、私たちの花いちもんめブームを終わらせた。ドッチボールなら、颯くんたちが直談判に乗り込んだだろう。でも、花いちもんめにそこまでの熱意はなかった。皆、十分満足していた。

 中学生になり、私たちはバラバラのクラスに分配された。私立中学を受験した子もいて、同じ小学校だった子はクラスに10人くらいだった。5・6年生の時同じクラスだったのはその半分くらいだ。
 グラウンドで遊ぶことはめっきり減った。10分休みはおしゃべりに花を咲かせ、昼休みには部活動の集まりや委員会の仕事が入ることが増えた。拡張されたヒエラルキーを成立させる要素は、所属するコロニーだった。トイレの鏡を陣取る図太さがある女、その取り巻き、本人を前にしても先生を呼び捨てできる下品さを持つ男、とその金魚のフン、少しずつ体つきや髪型が同じになっていく運動部、楽器や絵筆を誇り高く持ち歩く文化部。小学生の時のように、クラス全員でレクレーションをして、自分たちの位置を誇示することはなくなった。私たちは日常でそれを推し量り、居心地のいいところに収まっていく。

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