小説

『名も知れない花』洗い熊Q(『名もなき草』)

 名も知れない花が咲くことに人は想いを寄せるのだろうか。
 まして名も知れない花がそこに咲くことに意味があると思うだろうか。
 慎ましく群れ咲き乱れる花たちに、美しい以外に釣り合う言葉も思いつかない。
 ただそこに咲くことが意義あるならば、美しい以上の可憐さが感じられるかもだが。

 
 名も知れない男がそこにいた。
 名も知れないと言うが親から授かった名は男にもあった。
 ただ幼い頃から恵まれた体格だった男は、多少の我儘を通しても咎められない。
 そうだ逆らう者などない。睨んで凄めば、大抵に思い通りになる。
 調子に乗れば親の言葉など聞かない。見てくれ通りに男は粗暴に育っていくのだ。

 いや男の心情は違って、周囲が思う通りの振る舞いを強いられたかも。

 望んだのか。望まれた通りなのか。
 男の青春はもめごとが絶えなかった。余りの乱暴振りに親からは見限られ、周囲からは疎まれて。
 世間から見れば不幸と言える人生だろう。だが本人には、それなりに楽しめもした。
 腕が立つのならば、それに従う者も現れるし、それを必要とする者だって近寄ってくる。
 孤独というものに無縁なのだ。彼の周りには事情はどうあれ、側には人がいたからだ。
 のし上がり、逆上せ上がり。もう世界は俺の思い通りなどと勘違いがした頃には一端の悪だ。
 男の名などより、その悪行末に揶揄され付けられた仇名だけが一人歩きしている。
 目立ち虚勢を張る為だけに人の上に立つ。それは愚かに人を見下しもするも当然。買うのは恨みと妬みだけだ。

 そのツケは彼に向かわなかった。疎遠、無縁になった親に支払われる。そう、逆恨みで両親は殺されるのだ。
 この時、世界で唯一、彼の名を呼ぶ存在が消えた。

 愛情などと与えもしてくれなった存在に憂う気持ちなど有る訳もないが、生んでくれた感謝だけはあったかも知れない。
 それなりに親の死は彼の考え方に変化を与えたのは確かだ。
 そして残されたのは、親が付けた名ではなく忌み嫌われた仇名だけだった。

 

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