小説

『きびだんご作戦』渡辺鷹志(『桃太郎』)

 桃井はある大手企業の小さな支店の営業課長を務めている。年齢はもうすぐ50歳を迎える。同期では支店長や本店の部長になる者も出てきており、他の人と比べて出世はかなり遅れている。
 それでも、野心家である桃井は、なんとしてでももっと出世したいと強く思っている。
 しかし、桃井には致命的な弱点があった。はっきり言って、根本的に能力がない、要は仕事があまりできないのである。つまり、そんなに出世できるような人物ではないのだ。
 桃井自身もそれはわかっていたが、それでも出世がしたいと強く望み、そのためにどうすればよいかを常に考えていた。

 ある日、桃井は仕事の帰り道に本屋に立ち寄り、自分の出世の役に立つようなビジネス書を探していた。
 しかし、いい本が見つからずあきらめて帰ろうとしたとき、児童書のコーナーにある一冊の絵本に目が止まった。それは桃太郎だった。
 桃井は絵本の表紙をじっと見た。そこには桃太郎と、家来の犬、猿、雉が載っていた。
「これだ!」
 桃井の頭に何かがひらめいた。
「桃太郎が鬼退治をしてヒーローになれたのは桃太郎がすごかったからじゃない。家来の犬、猿、雉がいたからだ。この3匹の活躍があったからこそ、桃太郎は偉くなれたんだ」
 桃井は腕組みをして3人の自分の部下をイメージした。
「あいつらに犬、猿、雉になって活躍してもらえれば、その実績で俺も出世できる!」

 次の日、出勤した桃井は部下のほうをじっと見た。
 3人の部下のうち2人は既に出勤していた。係長の犬山と入社3年目の猿田だ。2人とも課長の桃井が出勤したというのにろくにあいさつもしない。二日酔いで出社した犬山は机で豪快にいびきをかいて寝ている。若い猿田はスマートフォンをいじって怪しげなサイトを見てニヤニヤしている。いつもの光景だ。
 そして、もう1人にいたってはまだ出勤していない。いつも始業時間ギリギリに出社してくる。営業課の紅一点の雉川だ。彼女の机の前には若い男性アイドルの写真が飾られている。今日もギリギリに出社して、始業時間になってものんびりとした様子でお茶を飲んでいる。
「この3人を桃太郎の家来のようにするなんて無理か……」
 桃井はため息をついた後で、あわてて首を振った。
「いや、桃太郎だって別に3匹を説得してやる気を出させたわけじゃない。そう、きびだんごだ!」
 昨日本屋で見た桃太郎の絵本を思い出した。
「きびだんごがあったからこそ、3匹は桃太郎の鬼退治を助けたんだ。つまり、きびだんごを与えればあの3人だって……」

 桃井は交互に3人の部下を見る。

1 2 3 4 5