小説

『冷めてゆく紅茶に涙をひとしずく』いわもとゆうき(『マッチ売りの少女』)

 みずから発光しているかのような異様に白くキラキラと光る雪が夜空から舞い降りていた。深い森のなかの舗装された二車線のまっすぐな道をひたすら奥へと奥へと車を走らせた。ようやく辿り着いた大きなゲートの前で車を止めた。重そうなゲートが自動で開いた。メルヘンの街のその灯りが彼方におぼろげに見えた。車を徐行させて煉瓦づくりのゲストハウスの駐車場に停めた。駐車場には大きなバスや何台かのリムジンが停まっていた。ヘリポートも完備されていたようだが、それは地上からはわからなかった。予約していたので手続きはスムーズに終えることができた。ダークグリーンのジャケットを着た青年が見送るなか、わたしは車に乗り込み街へと向った。街の一角の、石畳の道路の路肩に車を停めた。外灯と家々からこぼれる灯りに照らされた街のなかをしばらく歩いて目当ての家を探した。大きな通りにはホテルやバーがあった。次の角を曲がるとその家は見つかった。ケープコートを着た少女はその家とその隣の家とのあいだにしゃがみ込んでいた。そこは片方の家が少しだけ前にせり出しているところだった。わたしは近づいて、そう声をかけてあげて下さいと受付の青年に言われた通りに、声をかけた。
「メリークリスマス」
 少女は顔をあげた。真っ赤なほっぺをした愛らしい少女だった。
「メリークリスマス」
 そう言った少女の声はどこまでも澄んでいた。
「仕事を頼めるかな?」
「はい」
 少女は立ち上がって、それからふらっとしてせり出している方の家の壁にもたれかかった。
「大丈夫かい?」
「ええ。大丈夫です」
 少女はそう言うと、ほんのわずかに笑みを浮かべた。
「食べてないのかい?」
「わたしは食べる必要がないんです」
「ああ、そうだったね」
 このメルヘンの街には、おとぎ話の登場人物たちがアンドロイドとして街中のあちこちに佇んでいた。赤ずきん。シンデレラ。白雪姫。この街に来れば、女性にとっては、おとぎ話の登場人物たちがそれぞれに持っているしあわせや喜びや美しさのかたちを、ヒーリングというスタイルを通して持ち帰ることができた。誰を選ぶかはその喪失感の種類によって違うようだったが、男性にはその種別は簡単には理解できないものだった。いっぽう男性にとっては喪失感とはまた違う別の目的があった。そういったなかでは、アンデルセンのマッチ売りの少女は死を扱う特別な存在だった。
「あまりにリアルなので、ついね」
 とわたしは言った。
「ずっとしゃがみ込んでいるのも大変なんです」
 と少女は肩をすくめながら言った。

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