眼で読んでいたはずのことばが、ふいに耳で聞いているように感じられて好きだなこの言葉って、ちょっと胸のなかではじけとぶような瞬間があった。
意味ももちろん大事なんだろうけど、まずはじめにりずむにやられて、りずむを口の中で馴染ませている間にすこしずれた感じで意味がやってきて、くだけていった欠片を拾うように、意味がむねの真ん中あたりで止まった。
<アローン・アローン・アンド・アローン>
中央線の電車の網棚に中途半場に折られた夕刊のいびつな三角形に切り取られた紙面に踊っていた言葉だった。俺はそれを手にとらずに、眼で追えるところまで追った。著名なジャズトランぺッターのインタビュー記事らしかった。
彼のデビューアルバムのタイトルにもなっていることをはじめて知って、指先で囁かないけれど、俺はすこしだけその人がじぶんとおなじ匂いのする人かもしれないと夢想した。
<ぼくはいつもひとりなの>
何度か耳にしたことのある彼の口調がそこに甦ってくるようでぐいぐいと惹かれ。惹かれたというのに、その先の言葉が網棚のステンレススチールの棒が邪魔してみえないから少しだけ、爪の先でずらす。
だって誰が触ってたかわからないからね。
網棚の下の座席で眠る男は、頭頂部がすこしさびしくて俺は先にごめんって心の中で謝った後でここも<アローン、アローン>やなって思う。
俺もあと何年後? って思いながら左の指先で紙面をちょこっとずらす。
じぶんから誰かを食事に誘ったりしないことや、手下を作らない、群れない
ことを信条としていることが語られていて、そのおしまいあたりにふいに彼のことばがこぼれる。
<アローン・アローン・アンド・アローンだよ>って。
一匹狼も聞いたことあるし、アローンだって知ってるつもりだった。
でも今まで知っていたどれとも違う響きで伝わってきて、あらためてアローンの輪郭が覚悟のようなものを携えながら露になった気がした。
あなたのアローン、わたしのアローンってのもおかしな話だけれど、見知ったはずのアローンって言葉がジャズトランペット奏者から放たれた途端に、俺にとっては、ちょっと手の届かない言葉になってしまった体感が妙に新鮮だった。彼とトランペットがひとつであるように彼とことばがひとつになっていて、あのりずむのうねりのなかにうらはらの熱が生まれているような、そんな思いでいっぱいになっていた。