小説

『思い出のきびだんご』あきのななぐさ(『桃太郎』)

「おじいさん、おばあさん、それでは行ってきます」
 長年世話になったこの家とも、しばらくお別れだ。
 長かったような、短かったような……。

 でも、今はそんなことを言っている場合じゃない。
 一刻も早く取り戻さねば。

 お爺さん……。
 いつも山に入って、いろんなものをとって来てくれたよね。
 足腰も弱っているのに、僕のために色々とありがとう。

 お婆さん……。
 家事の合間に畑仕事とか、本当に大変だと思う。
 少ない食べ物でも、僕のために色々工夫して作ってくれて、本当においしかったよ。

 ありがとう。

 苦労して育ててくれたお爺さんとお婆さん。
 その笑顔は、僕の宝物です。

 今日僕は、鬼ヶ島に向けて出発します。
 どんな苦難が待ち受けても、必ず取り戻してきます。

 でも、やっぱり一人では心細い……。

 旅の途中で誰か仲間になってくれる人を探したい。

 あれ? でもまてよ……。

 そんな時、お礼ができないと申し訳ないよな……。

 今更、無理な話かもしれない。
 でも、お婆さんに頼んでみよう。

「おばあさん、あのおいしいきびだんごを作ってください。仲間にお礼がしたいので」
 お婆さんの作るきびだんご。
 幼い時から、何かお祝いのときに作ってくれた、あのおいしいきびだんご。

 あのきびだんごなら、きっと誰でも喜んでくれる。

「はて、きびだんごとな? それは食べ物かの?」
 首をかしげるおばあさん。

 そんな……。まさか、きびだんごまで……?

「ひとまずお礼なら、なにか食べ物をこさえれば良いのかのぉ」
 お婆さんの言葉が、僕の胸に突き刺さる。
 これ以上お婆さんに、何て言っていいか分からない。

「ええ、お願いします。おばあさんが分かるものでいいです……」
 そう言うしかなかった。

 お婆さんは、それでも一生懸命に何かを作ってくれていた。
 出来たものは、笹の葉でくるんで、皮の袋に詰めてくれた。

 何ができたのかはわからない。

 でも、今のお婆さんが一生懸命作ってくれたものだ。
 きっとおいしいに決まっている。

 よし、出発しよう。
 そう思った時には、すでにお爺さんもお婆さんも布団の中で休んでいた。

「いってきます」と心の中で告げておく。

 これから、何が起きるかわからない。お婆さんとお爺さんはこの場所からは動かないだろう。

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