小説

『思い出のきびだんご』あきのななぐさ(『桃太郎』)

 でも、僕は前に進まなくてはいけない。
 お爺さんとお婆さんと、再び笑って暮らすためにも……。

 


 
 旅は思ったより順調だった。
 鬼ヶ島をめざし、ただ歩いていく。
 途中いくつかの村に立ち寄ったが、どこも僕の住んでいた村と同じようなものだった。

「やっぱり、年寄りしかいない……」
 どの村にも、気力を失った年寄りしかいなかった。

 こんな感じだと、誰も仲間になってくれそうにない。
 というか、この人達もたぶん被害者だ。

 そうなると、無理は言えない。

「とりあえず、進もう」

 僕はひとりで歩いていく。
 鬼ヶ島を目指して、どんどん歩いて行く。



 しばらくすると、向こうから犬がやってきた。

「やあ、君があの桃太郎だね」
 その瞬間、僕の時間は止まっていた。

――いやいや、そんなはずないだろう。
 でも、周囲を見渡してみても、そこに犬がいるだけだった。

「どうした? 一応、丁寧に尋ねたつもりだけど?」

 当たり前のように話してくる。そんな僕の心を見抜いたように、また犬が話し始めた。

「ああ、これは念話と言うんだよ。今、君の頭に直接話しかけている。一応、秘密にしておいてくれると助かる。普段は決してしないからね」
 なるほど、どおりで口が動いていないわけだ……。これで謎は一つ解けた。
 だけど、まだ謎は残っている。

「その、僕のことを桃太郎だとわかる、あなたは一体?」

 とりあえず、僕のことを知って声をかけてきたのは確かなことだ。
 しかも、『君があの桃太郎』と言ってきたあたり、何だか僕の知らないと事で有名になっている?

「まあ、君のことは動物たちの中で噂になっているからね。取り返しに行くんだろう? 鬼ヶ島に」
 犬はじっと僕の目を見て話してくる。
 なるほど、知らない間に噂になっていたのか……。

 でも、何故? それと、まだ名前を聞いていなかった。

「そうだよ。あと、君の名前と僕を知っているわけを教えてくれるとうれしいな」
 しゃがみこんで、お願いをする。
 人にものを頼むのに、見下ろしたままじゃ申し訳ない。

 犬だけど……。

「ああ、礼儀正しいんだね、桃太郎。僕の名前はポチ。先に名乗らなかった事を詫びるよ。僕は正直なお爺さんとお婆さんと暮らしている」
 座るポチに続いて、僕もその場で腰かける。

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