カバンに書類を入れ、立ち上がったところに声がかかった。
「おい三浦、まさかおまえ帰る気か? 企画書できてねえだろ」
威圧的な黒田課長の眼光が、じっとこちらを捉えている。
「すみません課長、今日はちょっと頭回らなくて」
「回る頭なんて元々ねえだろ。ナメた口きくんじゃねえよ。一杯やってくっから、帰ってくるまでに仕上げとけよ」
舌打ちとともに、課長は営業課の部屋を出て行った。一旦途切れた気持ちを戻すには、かなりの労力が必要だが仕方ない。企画書は明日中にという話だったが、それを指摘したところで、理不尽な怒りは増幅し、こちらに向かってくるのは明らかだ。私は再びデスクのパソコンを起動させた。
なんとか企画書の体裁を整え、プリントアウトした紙を束ねて、課長の机に置いた。どこで飲んでいるのか知らないが、その帰りを待つ義務まではない。ため息とともに社を後にした。
いつもの駅までの道、馴染みのラーメン屋に寄ろうと、細い通りに足を踏み入れたところで、前方に動く人影が目に入った。中学生ぐらいだろうか、3人の少年がしゃがんで、はやし立てるような声をあげている。
近づくと、少年たちの間に動く白くて小さい物体、一匹の猫だ。白毛のところどころに赤や黄の色がついている。一人の少年が猫を手で抑え、別の少年が手にしたスプレーを吹きかける。ニャーッと鳴き声をあげ、猫は逃げようと必死にもがく。
「お、おい」
いつもなら決して関わろうはしない人種相手に、思わず声が出たのは、実家で飼っていて去年亡くなった、同じ白猫のことが頭をよぎったからだ。
「はあ? 何だよおっさん」
少年たちが一斉にこちらを見上げる。瞬時に、彼らの目に宿る凶悪な光を私は感じた。
「そういうのは……良くない」
「だから?」
「やめ……」
少年の一人が立ち上がり、グッと顔を近づけてくる。
「びびってんじゃねえぞ、ああ?」
嘲笑の表情を浮かべ、彼は下から舐めるように私を見た。どんよりとしたその目に威圧され、私は少し後ずさった。
スプレー缶を持った少年が、再び猫にスプレーを吹きかける。悲しげな鳴き声が響く。私はカバンを開き財布を取り出した。
「あの、こ、これで許してやって」
財布から一万円を抜いて差し出す。