”エルフは短命である。これに限らず、巷間で語られるエルフの姿は誤解と偏見に満ちている。彼らは我々によく似た姿をしているが、実際には生物としては我々などよりもむしろ鉄蓋虫辺りに近い。大食いで肉を好み、力強く、魔法や呪いを用いない。非常に働き者で、それから、少々下品である。
人々が彼らに関して誤解していないことがあるとすれば、それは彼らが美しく理知的な、我々の良き友人であるということだ”
――マージ・トレヴァー『デクテヴェア大森林のエルフたち』
エルフ。多くの異界譚で語られる、悠久を生きる森の賢者。
隠人、耳長、アールヴ、ドヴェルグ。地域・時代によって呼び名は様々に異なれど、神話・英雄譚から寝物語に至るまで、この世界の誰もが知る異界種族の名前である。
古くは紀元前より語られてきた彼らだが、御伽話の住人としてでないひとつの生物種としてのエルフ研究史は意外なほどに浅く、研究らしい研究が成され始めたのは20世紀に入ってからである。さらに体系的な研究分野として瑕疵なく纏め上げられるのは、驚くべきことに今世紀を待たねばならない。
これは、長らく欠け続けた一つのマスターピースの存在によるものである。
現スロバキア領、プレショフ州。かつてポーランドリトアニア同君連合が最大範図を誇っていた時代に建てられた城塞跡にひっそりと佇む閉架図書館の地下三階。
背の高い書架が静謐に立ち並ぶ、地下とは思えない大空間は、さながらエルフの森とはまた別のおとぎ話に迷い込んだかのようだ。
その奥深くの書架の一つに、四年間に渡る修復作業を終えたばかりの異界文書が納められている。
題名は『デクテヴェア大森林のエルフたち』。素朴な作りの革表紙に刻まれた著者の名は、マージ・トレヴァー。ハイネフ簒奪公国イェズリフ朝中期を代表する研究者・冒険家だ。
現有する異界文書の多くに引用されるその名は、一介の冒険者にすぎなかったトレヴァーが生涯でたった一冊記したこの本により知らしめられたものである。
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