小説

『異世界生きもの探訪 第一回 森の千両役者 エルフ』狂フラフープ(『北ヨーロッパ民間伝承』)

 エルフに年齢を尋ねるのは禁忌であるという風説――実際にはそのような事実は存在しない迷信から、エルフたちの年齢を知らずにいたトレヴァーであるが、老齢のエルフの葬列に参加した際にその歳を聞かされようやく、その里に自身を越える高齢の人物が片手に余る程度しかいないことに気が付いたのである。
 この点についてトレヴァーが里のエルフたちに聞き回る様子が記されているが、どうやら芳しい答えが返って来ることはなかったようである。そもそもエルフたちの間では、人族からエルフが長命であると思われているということが知られていなかったのである。
 暦や数え年など、多くの要因を考慮した後、トレヴァーの疑念はエルフの里に居ついた初期における違和感のひとつに立ち戻った。
 エルフたちの経験と知識間の奇妙なまでの曖昧さである。
 彼らは父母や祖父母の経験を、まるで自らが見てきたように語る。これは祖霊信仰の一形態や語彙の偏重などでは決してなく、実際に彼らは自身の経験と一部の知識を同一視しているとしか考えられない言動をするのである。
 当初トレヴァーはこれを、エルフが長い年月を生きる弊害であると合点していたが、エルフの年齢を知ったことから、このことが別の要因によるものであることに考え至る。その要因こそ、エルフの寿命に関する誤解と矛盾を紐解く答えであった。

 エルフは変態する生物である。
 そもそも亜人の変態は希少であるが、中でもエルフの行う完全変態は昆虫種としては珍しくなくとも、亜人としては非常に特異である。その唯一かつ最大の理由は、亜人の定義となる高度な知識と文化的蓄積が、変態の過程での脳組織にまで至る再構成に失われてしまうことである。
 逆説的に、変態しながら知識と文化を保つエルフには、蓄積の消失を防ぐ仕組みが備わっている、とトレヴァーは考え、根強い聞き込みと地道な調査によりこの仕組みをつきとめた。
 記憶の継承である。
 エルフが人族より遥かに長い時を生きるという通念は、エルフの集住地が奥深い森の中にあり接触が稀であったことと、もうひとつ、エルフの持つこの特質に由来するものである。
 エルフを含む有核虫種の一群は変態の際、記憶の保持のために特殊な結晶組織が生成される。これにより変態前の知識経験を変態後も引き継ぐことが可能なのであるが、この記憶結晶をエルフだけが複数持つのである。彼らは突然変異により複製されるようになった結晶を他の個体に譲渡することで記憶の継承を行うのである。
 とはいえ蛹化した個体は僅かな過失が生死に関わるほどの無防備な状態であり、通常極近しいもの以外が立ち会うことはない。当然、トレヴァーもまた蚊帳の外に置かれた者のひとりであった。
 よって、着想の裏付けは里の外でのフィールドワーク――エルフと近しい種の比較観察に頼ることとなる。

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