小説

『RYUGU嬢』村田謙一郎(『浦島太郎』)

「何だおっさん、話わかるじゃん」少年の口元が緩んだ。そして彼は財布を掴み取って中を確認し、残っていた千円札も抜いて私の手に返した。
 思わぬ臨時収入に満足したのか、3人はなおもガンをとばしながらも、歩いて行った。

 白猫が悲しそうな目でじっと私を見ている。本来なら美しい白で覆われているあろうそのカラダは、みすぼらしいマダラ模様になってしまっている。
「もう、あんな奴らに、つかまっちゃダメだぞ」
 と声をかけて歩き出すと、猫は私の前に回り込み、何やら言いたげに鳴き声をあげる。
「どうした、ん?」
猫が歩き出した、と思ったら振り返って私を見る。まるでどこかに誘うかのようなその澄んだ目に引き寄せられ、私は猫のあとをついていった。

その店の看板には『RYUGU』とあった。暗闇の中、淡いピンク色にライティングされた外観は、どう見てもキャバクラだったが、この辺りにこんな店があった記憶はまるでない。
猫はドアの前で立ち止まると、一度振り返って私を見てから、前足で器用にドアを開けて、中へ入って行った。自然と足が動き、私もドアに手をかけた。

 外観と同じく、店の中もピンクを基調にした幻想的な照明に照らされていた。 
予想より広々としたスペースの中、各テーブルは客と思われる男と、もてなすキャバ嬢らしき女で埋まっている。
「いらっしゃいませ」
 前から、真っ白なドレスをまとった一人の女が近づいてくる。品のいい魅惑的な笑顔に、心拍数が上がる。
「お名前は?」
「名前?……三浦、光太郎」
「三浦さん、乙姫といいます。さっきはほんとにありがとうございました」
「さっき?」
「助けていただいたじゃないですか。ほら、これ、きれいに落ちないんです」 
と女が体をよじった。白いスカートの後ろに、赤や黄のシミのような汚れがついている。ハッとして一瞬思考が停止した。女の顔をまじまじと見る。
「まさか……キミって」
「乙姫と呼んでください」
「乙姫さん? さっきの……猫?」
乙姫という名の猫、いや女は、穏やかな笑みとともにうなずいた。私は知らぬ間に、夢の世界に入っていたのだろうか。
「いやいや……あれ、今日飲んでないよな」思わずつぶやく。

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