テラスで女は男に寄り添っている。
雪で降り積もって隠れた花壇の辺りを、男は指さしながら「僕が死んだらあそこにそれを埋めて、百年待ってほしい」と言う。
女は以前その男から貰った真珠の宝石によく似た石を手に持っている。
「そうするとどうなるの?」
「ナツメソウセキノの小説では真白な百合が咲いて、主人公の男は百年が経っていたことに気付く」と、彼は答える。
「あなたが死ぬことも、花が咲くことも、百年待つことも夢みたいな話ね」と、女は言う。
「そのナツメソウセキの小説は夢の話だよ。でも僕の話は本当だからね」と、男は言う。
2
マルヨーケがダイラと初めて出会ったのは、互いに、大切なものを失って間もない頃だった。
その夜、飛行船の墜落事故で大怪我を負っていたダイラをマルヨーケが見つけて助けた。
手術の後も、彼女は彼の傍を離れなかった。
昏睡状態が続く中で、彼女は、彼が夢に酷く魘されながら、「ディアラ」と、その名前を幾度となく口にするのを耳にした。
ようやく長い眠りから覚め、間もなくして、彼の口から出た言葉は変わっていた。それを聞いていた医者と助手の女が顔を見合わせた。
「今が西暦何年かだってさ」と医者は思わず笑い、「まるでタイムトラベラーみたい。頭部も調べておきましょうか」と助手は医者に言った。
三日も眠っていたことを、マルヨーケはダイラに話した。それから彼女が、「あの夜、あなたを見つける前に、空に彗星が落ちるような光を見た」と言うと、彼は何かを思い出したように突然ベッドから起き上がろうとした。
しかし体はまだいうことをきかない。
ダイラが一人で歩けるようになったのは、術後七日目のことだった。それから十日目に、彼はその町から出ていった。
その町は、開発されたばかりで新しい。戦争が続いていた間に、一度は敵軍に掌握された場所だが、戦争が収束に向かうと、敵は去って人々が戻り、また新たに各地から難民が寄り集まっていた。
しかし、そのときは、人がそこに住むことのできる数に定めがあった。その事情で多くの人が、町の数キロ圏内に点在しているバラックに暮らしながら、その町の定員に空きが出るのを、首を長くして待っていた。マルヨーケもその一人だ。だから、ダイラには帰る場所も行く宛もなかったが、怪我が治った彼が町から出されることも、やむを得ないことだった。
マルヨーケのバラックが、快く彼のことを受け入れた。