小説

『アリとキリギリスとニンゲン』高元朝歩【「20」にまつわる物語】(『 アリとキリギリス 』)

 こんなところに、公園なんてあったんだ。
 スーパーからの帰り道、家に帰りたくなくて遠回りをした私は、それまで存在に気がつかなかった公園で休憩をすることにした。
 ふう、思わず漏れたため息。疲れた。眠りたい。

 産後、20日目。私は娘を夫に預け、産後はじめての買い物に出かけた。退院後、一歩も外に出ていなかった私に、夫なりに気を使っての提案だった。

「普段はなんの役にも立たないくせに」

 ふ、と私は笑った。嫌な妻になったものだ。産後クライシスという言葉だけはマタニティライフを満喫中に目にしていたが、そんなもの関係ないと思っていた。夫のことが大好きだったし、子供を授かったことも本当に嬉しかった。マタニティハイとか、そこまでではなかったと思う。でも、今思えば妊娠中は楽しかった。ポコポコと動くお腹を撫でながら、夫とキスをする甘い時間。娘が生まれてからは、そんな時間は皆無だ。産後は動かないほうがいいと言われているのに、結局何か家事をしなくてはいけない。夫は家事が一通りできる人間だから、きっと大丈夫だろうと思っていたのに、いざその状況になってみると、そううまくはいかない。夫の何もかもにイライラする。さっきだって、「スーパーに行ったくらいで息抜きなんかできるわけない」と気遣う夫に当たり散らした。ホルモンのせい。ホルモンのせい。わかってはいるけど、疲れた。なぜ、私だけ。

「俺だって仕事してるんだからさ」

 生後20日。魔の三週目と呼ばれるらしい意味不明の娘の泣き声に頭を抱えていた私に、夫は言い放った。私だって仕事をしていたじゃないか。じゃあ代わってよ。朝から晩まで抱っこして、2時間ごとに起きておっぱいあげてよ。仕事なんて全然大変じゃない。毎日8時間寝てるくせに。そのうち2時間でも削って、私の代わりにおいしいごはん作ってよ。

 ぽつん、砂の地面に雫が落ちる。いつの間にか泣いていた。ぽつん、ぽつん、地面に水玉模様ができる。

「ちょ、ちょっと!危ない!!」
「え…?」

 甲高い声が聞こえて、思わず顔を上げた。誰もいない。やばい、疲れて幻聴が・・・。

「こっち!こっちだよ!」

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