「人間ってほんとにこわいものなんだよ。人間はね、相手が狐だと解ると、手袋を売ってくれないんだよ、それどころか、掴まえて檻の中へ入れちゃうんだよ、人間って本当に恐いものなんだよ」
母さん狐に何度もそう言い聞かせられていた子狐は、びくびくしながら、人間の住む町へ、手袋を買いに行きました。母さん狐の言いつけどおり、細く開けた戸から手だけをさしいれて
「このお手々にちょうどいい手袋下さい」
と言いました。
すると、帽子屋のほんの少し開いた戸の向こうから聞こえて来た
「先にお金をください。」
という人間の声が、あまりに小さくて、愛らしい声だったので、びっくりしてしまいました。しんしんと雪の降る冷たい空気に、ぴんと響く、まるで鈴のような透き通った声でした。
子狐は、母さん狐に「戸のすき間から、人間の手になっている方をさし入れるだけ。けっして狐だと分かられてはだめよ」ときつく言われていたのに、どうしても、帽子屋の中に入ってみたくなりました。人間って、どんな姿なんだろう。戸の隙間から手袋を渡してきた人間の手も、自分の手と同じくらい、小さくて、まあるくて、ふわふわしていました。違うのは、雪の中をかけて来た自分の手とは比べものにならないくらい、あたたかかったことです。
戸の向こうの人間の手は、手袋を渡したあとも、少し名残惜しそうに子狐の手のうえに残っていました。そこから伝わるぬくもりを味わいながら、もしかしたら戸の向こうの人間も同じことを考えているのかもしれない、と思った子狐は、えい、と戸の内側にからだを入れてしまいました。そうしたら、まるでそれを待っていたかのように、人間のからだが子狐を抱きとめました。
「あ」
抱きとめられた時にずい分ふわふわしていたので、子狐はおどろきました。目を上げると、まっかなほっぺをした女の子が、自分を見下ろしていました。
「かわいい」
女の子は子狐を見てそう言いました。それは、母さん狐が子狐にそう言う時の口ぶりと似ていたので、子狐はちょっと安心しました。
人間がふわふわなのは、からだ中、手袋が大きくなったようなもこもこのあたたかそうなものに包まれているからでした。からだ中冷え切っていた子狐は、いいなあ、と思いました。そうしたら、凍える子狐の手に、女の子が手袋をはめてくれました。部屋の中は、暖炉の火があってあたたかく、そしてなんだかいい匂いがします。
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