9月期優秀作品
『画期的な発明』拓斗
「いってきます」
バタバタと玄関を出ようとした。なんだってこういう日に遅刻しそうになるんだろう。イライラと焦りと情けなさで、すでに心は半分負けそうだ。
「沙希、ちょっと待って!」
母が珍しく走って追いかけてきた。
「はい」
と手渡されたのは、消臭スプレーだった。
「なにこれ?」
急いでいる時になんなのよ!? と怒り気味で言った。
「え、だって試験なんでしょ。役に立つといいなと思って」
「だから! なんで試験に消臭スプレーなのよ!」
怒鳴った私に、母は冷静に言った。
「あらあなた、私の話聞いてなかったのね。言ったでしょ、製薬会社が新製品出したって。時代は変わったわね」
母が消臭スプレーのラベルを、ぐいっと目の前に突き出した。
〈あなたのその残念な臭い消します〉
と大きく書かれたその下には、
『イライラして誰かを責めたくなった時、焦りで心が空回りしている時、自分が情けなくてどうしようもない時、自分をコントロールできなくなった時、実はあなたは、無臭でも残念な香りを放出しています。それを消してしまいましょう!! そうすることで解決のお手伝いを』『新技術! 特許取得中』
「いい時代になったわね。研究が進むと昔はわからなかったことも見つかって、できなかった臭い消しをする技術が生まれるのね~」
母はにっこり笑って、シュッと私にかけた。
「じゃ、もう大丈夫ね。気を付けていってらっしゃい」
ついでに背中までポンポンと叩かれた。
私はキツネにつままれたような気持ちで試験会場に向かった。今日は私の第一志望の大学受験なのだ。準備はそれなりにしてきたつもりだけれどやっぱり緊張する。高校受験を失敗している私は失敗が身に沁みているのだ。
しかし、確かに時代はどんどん変化しているなとしみじみと思った。高校受験の時はこんな消臭スプレーなんてなかった。三年でずいぶん変わるものだ。ふと、私は三年前と変化したのだろうか、と思う。目まぐるしい進化の時代で、私は……? 思わずため息が出た。
そういえば、私の残念な臭いは消えたのかな。