小説

『銀三匁』石川哲也(『かちかち山』)

 むかしむかし、奥深い山村に、佐(さ)吉(きち)という男がいました。男には女房と幼い娘がいました。男は木を切り、獣を捕らえ、貧しくとも慎ましい生活を送っていました。
 ある年、大きな山火事があり、切り倒す木も、捕まえる獣もなくなってしまいました。ただ、幸いなことに、佐吉の一家は無事でした。
 妻子を食べさせるため、佐吉はひとり山を下り、大きな地主の小作人になりました。
 男の顔は満月の様に丸く、やはりまん丸い目の周りには黒いくまがあり、まるで狸のようでした。見た目だけでなく、のそのそした歩き方も狸みたいだったのでしょう。小作人たちは、佐吉のことを「たぬ吉(きち)」とよんでいました。

 むかしむかし、大きな都に、新助(しんすけ)という若者がひとりで暮らしていました。若者はバクチを打ち、人の物を盗り、好き放題に生きていました。
 ある年、大きな盗みをしくじり、新助は都の役人に追われました。実に、残念なことに、若者は逃げおおせてしまいました。
 ほとぼりが冷めるのを待つため、新助は都を離れ、田舎で小作人になりました。もちろん真面目に働くわけはなく、要領よく立ち回りました。
 若者は色白で、歌舞伎の女形のように見目麗しく、愛くるしい笑顔は周りの人を惹きつけました。本性ではない、見た目に騙されたのでしょう。村の娘たちの間では、新助は「うさぎ」のように愛らしいと人気がありました。

 
 田舎娘で情欲を満たした新助が小作人長屋に戻ると、佐吉が難しい顔で唸っていた。むさくるしい男の悩みに興味のない若者は、涼しげな顔をしたまま、擦り切れた畳の上にごろりと横になり、ひと寝入りしようとした。
「のう、頼みがあるんじゃが」
 佐吉に声をかけられ、新助は仕方なく起き上がる。心とは裏腹に、若者は声をかけてもらえて嬉しいという表情さえ見せた。
「なんですか? 私にできる事であればよいのですが」
 はきはき答える新助に対し、佐吉はぐずぐずして、なかなか言葉を口にしない。新助の、わずかしかない忍耐心が尽きる寸前、ようやく佐吉が話し始めた。
「わしの村のもんがやってきて言うんじゃが、娘が流行り(はやり)病にかかってしもうたそうじゃ。この村の薬師のところに良い薬があるんだが、高くてのう……」
 佐吉は金を無心してきた。

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