小説

『銀三匁』石川哲也(『かちかち山』)

「娘さんのこと、とても心配ですね。でも、私もあなたと同じ小作人の身。残念ながらお貸しできるような銭はないのです」
 数多の盗みで蓄えた金を、たぬ吉なんぞに貸すつもりのない新助は、申し訳なさそうな素振りをしながらも、きっぱり断った。
「おぬしはよい着物を着ているではないか。ときどき、酒も飲んでいる。なにかうまい儲け話でもあるのではないのか?」
 佐吉は簡単には引き下がらなかった。この男なりに必死なのだろう。最初、新助は面倒だと思ったが、途中から、この状況を利用してやろうと考え直した。
「佐吉さんは勘違いしています。私は地主のおじいさんにお願いして、少しばかり銭を前借りしているだけです。もうすぐ稲刈りの季節。毎日働くのに精一杯で遊ぶ暇がなくなります。だから、いま銭を使っているのです」
「そうじゃったのか。薬代は銀三匁(もんめ)、すぐにでも欲しい。地主のじいさまは貸してくれるかのう」
 「高い薬」というので、いかほどだろうと思ったが、たった銀三匁。それでも、佐吉にとっては大金なのだろう。若者は、腹の内で男の貧乏臭さを笑った。
「いま、おじいさんは庄屋のところに行っていて留守のはずです。急ぎということですし、わたしからおばあさんにお願いしましょう。あとで母屋まで来てください」
「すまんのう。恩に着る」
 佐吉は、ほっとした顔をして、何度も新助に頭を下げた。
 四半時ほど後、佐吉は母屋を訪れた。大きな間口から声をかけたものの返事がないので、庭に回る。庭に面した縁側に、膨らんだ巾着袋が落ちていた。佐吉がその袋を拾い上げると、袋の底にあいていた穴から小判や銭がざらざらとこぼれ落ちた。
「たぬ吉か、そこで何をしておる?」
 佐吉が振り返ると、おばあさんが新助と並んで立っていた。おばあさんは、佐吉の足元に散らばった金を目にして、顔を真っ赤にして怒った。
「盗っ人め! 最近、金の勘定が合わないのでおかしいと思っていたが、おまえだったのか。とんでもない悪党だ!」
「ち、ちがう。わしは、銭を借りたかっただけで……」
「ふん、金に困っていることを白状したな。村役人に突き出してやる」
 おばあさんは鬼の形相で佐吉にしがみついた。
「勘弁してくれ。わしは娘のために、すぐにでも薬がいるのだ」
「見え透いた嘘をつくな!」
 腰の曲がった老婆のどこにそんな力があるのか。佐吉が振りほどこうとしても、どうしてもおばあさんを引き剥がすことができない。相撲を取るかのように組み合うふたり。新助は、取りなすふりをして、逆に、老婆の背中を力いっぱい押した。佐吉とおばあさんは抱き合うような格好で庭を転がる。佐吉の下敷きになったおばあさんは、庭石に頭を打ち、あっけなく死んでしまった。

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