小説

『風とやってきた娘』宮重徹三(『きつねの嫁入り』)

 昔々、あるところに、じじとばばがおった。子供がいなかったが、二人で畑仕事をして仲よう暮らしておった。
 ある夏の夕方、一仕事終えて、縁側で二人で茶を飲んでおった。
「今年の枝豆はええできですなぁ、じ様」
「うだな。秋になったら、かぶ植えっか」
 カラスが一羽、山の方に帰っていった。
 にわかに風が吹き、庭の奥の竹林がざわっざわっと鳴った。
「ば様、あそこでなんか動かんかったか?」
 庭の向こうの竹林を指してじじが聞いた。
「なんも見えんがの」
 とばばが言ったとき、竹の間から子供が顔を傾けて二人に笑顔を見せた。
「あれ、じ様、おった。娘っ子じゃ」
「どうした?こっち来い」
 じじが言うと、木綿の着物を着た女の子が竹の間からぴょんと前に出てきた。
「おいで」
 ばばが手招きすると庭のなでしこの間を抜けて目の前に来た。
「食べるか?」
 ばばは、羊羹をつまんで娘に差し出した。
 娘はうまそうに食って、にこっと笑った。
「名前は何ていうんだ?」
 じじが羊羹をもう一個差し出して聞いた。
「妙」
 娘は言って、羊羹をうまそうに食った。
「どっから来た?」
 ばばが聞くと、妙は竹林の向こうの山を指さした。
 妙は笑顔を二人に向けたまま立っているので、
「何かして遊ぶか?」
 とじじが聞くと、妙はこっくりをした。
「あまり、しゃべらねえ子だな」

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