小説

『風とやってきた娘』宮重徹三(『きつねの嫁入り』)

 ヤマガラのツツピーという鳴き声が松林から聞こえてきた。
 うつむいていた妙が顔を上げた。
「じい様、ばあ様、明日、妙の嫁入りです。見に来てくれ。人には絶対見せんだけど、じい様、ばあ様はお世話になったですから見てください。それで、お別れです。村の子供たちともお別れです」
 そのあとは言葉にならんかった。三人で抱き合っているだけだった。

 次の日の夕方、婚礼衣装でじじとばばが言われたところに行くと、林の道を狐の行列が静かに進んできた。
黒紋付袴の雄きつね、黒留袖の雌きつねが50はいたろうか。ちょうちんを持つきつね。棒を渡して長持ちをかつぐきつね。花嫁の荷物を背負ったきつね。真ん中にいる白無垢のきつねが、じじとばばにお辞儀をした。
 その妙きつねにばばは涙を流し、じじは涙をこらえていた。
 林を抜けた草原には、それぞれの楽器を持った田村兄弟が待っていた。
 祝いの演奏が始まった。太鼓、三味線、横笛の音が野山に鳴り響き、狐たちも草に座って聞いておった。演奏が終わると、三郎が、一郎、次郎の手を握った。そして、三郎はやがてきつねの姿に変わっていった。じじとばばは驚いて見ておった。
 三郎きつねは妙きつねの横に並び、嫁入り行列は山の方に向かって行った
 晴れているのに小雨が降ったが、じじとばばは見えなくなるまでじっと見ておった。雨が止むと、やがて虹がかかった。その虹の下、山の端に四人の姿が小さく見えた。一郎、次郎と、その両親だ。
 じじも、ばばも、もう妙には会えないと思った。

「いつまで、見たって来んよ」
 竹林をみているじじにばばが言った。
「なんも。竹の育ち具合を見てるだけじゃ。お前こそ、よく、竹林見てるじゃろ。誰か待っとるみたいに」
「わたしゃ、庭のつつじがきれいだから見てただけですよ」

 こんな会話が何回も繰り返されているうちに半年が過ぎ春になった。
 ある日、じじとばばが縁側で茶を飲んでいた。
 桜もちょうど見ごろに咲いていた。
 にわかに風が吹き、竹林がざわっとざわっと鳴った。
 じじとばばは、はっとして見守った。
 初めて妙が来た時と、同じようだった。
 やがて、おとなのきつねが二匹竹林からゆっくり出てきた。
 一匹が、
「クックックッ」
 と後ろに向かって鳴いた。

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