小説

『マッチの火が消えれば』西野まひろ(『マッチ売りの少女』)

「では、次は私の番ですね」と彼女が慣れた手つきでマッチの先端をマッチ箱にこすりつけ、火をつけた。
 柔和に揺れる火の光が彼女や俺たちを照らす。彼女はマッチの火をしばらく見つめたあと、それを地面に落とし、話しを始めた。

 俺たちは大学のインカレサークルの一つである、広告同好会の合宿にきていた。『広告同好会』という名義で活動しているサークルであったが、その実は、古参の男子部員が新入部員の女子を強制半ばで性行為するという、いわゆる世間からはヤリサーと言われるものだった。新歓コンパから三カ月後のこの合宿で、目当ての女子新入部員はだいたい喰われるのが伝統だ。女子新入部員はというと、ある程度もとからヤリサーの実態を知っているような子が多く、嫌々ながらも男子部員の性欲を受け入れ、大きな事件になることは少なかった。
「ちょっと外に怖い話ししにいかね?」
 俺たちが合宿所の大広間の角で酒を飲んでいると、サークルの次期部長候補である竜也が言った。緊張を隠して自然を装うような言い方だったのだが、それが逆に不自然だった。
「いいよ。でもどこでする?」と亮平があえて素っ気なく返す。
「じゃ、雰囲気でるように外の森行かね?」俺が言った。
 この一連の会話は事前に準備、練習したシナリオ通りだった。俺たちの演技は大根役者以下並で、シラフの人から見れば、俺たちがなにかを企んでいるのが一目瞭然だったと思う。しかし、酒気に帯びた空間ではそれを気にするものなどいなかった。
 竜也は俺たちに目配せしたあと、「山本さんも一緒に行かない?」と言った。笑顔をつくったつもりなのか、口角がイヤらしく上がっていた。
 山本さんとは俺たちと一緒のテーブルで飲んでいた女子新入部員のことだ。彼女は酒に頬を赤らめながら、楽しそうですね、と両手を合わせ快諾した。竜也が、ほら見ろやってやったぞと言いたげに俺と亮平を見てくる。俺は心のなかで、良くやった! ととりあえず褒めておいた。もっとスマートにできただろうなんて言葉はきっと無粋だ。
 それから俺たち四人は、性に滾る男子部員たちと、その被害者になるであろう女子部員たちを大広間に残し、酒缶をいくつかくすね外にでることにした。

 合宿所は人里離れた山のふもとにあり、夏でありながらも夜風は適当に涼しく、淀んだ性気や熱気に満ちた室内と違い清涼感があった。俺たちはその風を肺と胃で味わいながら、スマホのライトで前方を照らして歩く。

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